( イラマと濁点喘ぎに注意 )
なまえと一緒に眠るようになってから一年と少し。クロコダイルの不眠症はみるみると改善の一途を辿っている。それはなまえといる時に限った話ではあったが、以前に比べれば体調もいい。
添い寝だけに飽きたらず、それ以上のこともした。クロコダイルにキスをされたなまえは珍しく驚いた顔をしたが、すぐにやんわりと笑みを浮かべると、クロコダイルの右腕を自身の胸元に導いたのだった。
クロコダイルの突然の誘いをなまえはいつも拒否せず受け入れる。そんななまえを抱く時、クロコダイルは自分でも信じられないほど優しく扱っていた。
行為を終えたあとも、なまえの様子は普段となんら変わらない。
クロコダイルの言動に動じることなく余裕めいた表情で微笑むなまえのなんと憎たらしいことか。それでも自身と適切な距離を保つなまえのことを、口にこそ出さないもののクロコダイルは気に入っていた。
◇◇◇
勃たない。どうして。
一糸纏わぬなまえを前にして、クロコダイルは静かに焦っていた。
ベッドの上で縺れるように触れ合っては服を脱がせ、それを床に放る姿に小言を洩らすなまえを無視して冷たい体を少しずつほだしていったのは役一時間前のことだ。
丹念に施した愛撫のせいかなまえの顔は微かに紅潮していて、普段はしっかり整えられた手触りのいい髪も所々跳ねて乱れている。
クロコダイルはこのぐずぐずになったなまえを特に気に入っていて、更にそれを指摘して少し嫌味を言いつつもその身を任せてくれるのを不思議と心地よく感じているのだが、今はそんな茶々を入れる気にもならなかった。
もうすでに何度か体を重ねているが、こんなことは初めてだ。
興奮していない訳ではない。今やクロコダイルの脳内のほとんどが性欲で埋め尽くされていて、昼間のさばる食欲や彼女といることでもたらされる睡眠欲を隅へと追いやっている。
それなのに彼の性器は未だ柔らかなままだった。なまえを溶かすことに夢中で気付かなかったが、そこには普段ありありと感じる確かな熱がない。
下着を脱ごうとして固まったクロコダイルに、なまえは困惑するような、焦れったいような視線を向ける。辺りに気まずい沈黙が流れ、やがて痺れをきらしたなまえが心苦しそうに口を開いた。
「クロコダイル、気分じゃないなら今日は……」
「そういう訳じゃねェ」
否定をするが決して顔を見ようとしないクロコダイルに、訝しげな表情をしたなまえが体を起こす。どうにも様子がおかしいことは明らかだ。
なまえは黙り込むクロコダイルの顔を覗き込んだあと、目線の先である股間に目をやれば、その存在感の無さに気がつき眉を少し上げた。もう一度クロコダイルの顔を見ると不本意そうな表情で顔を背けてしまうので、なまえはことの顛末をすぐさま理解したのだった。
乱れた頭髪とはうらはらに、滑らかな顎に手を当てて、じっ、とクロコダイルの股間を見つめながら悩ましげに首を傾ける。
「食事や睡眠は取れているはずだけど……、心因性のものかな。なにか思い当たることは?」
こういう時に彼女の察しの良さはとても助かるとクロコダイルは思う。とはいえ都合の悪いことにも目敏い件に関してはもっと鈍くいてくれと思うことがほんどだが。
思い違いをされなかったことに少し安堵しつつクロコダイルは頭を悩ませるが、思い当たることなどない。
確かに今は冬が到来して、寒さから不眠の症状が悪化しているが、それはさして不満ではなかった。なまえが傍にいれば眠れる。それはクロコダイルにとってちょっとした安心材料となっていた。
思い浮かぶのは、ただただ穏やかに過ぎていくなまえとの日々だけだ。なまえがいれば眠れるというのは裏返せば、なまえがいないと眠れないという意味でその事実が腹立たしくもあったが、クロコダイルは二人で過ごす時間に慣れきってしまっていた。
すっかりムードは崩れ去り、なまえはセラピーを教示するモードに入ってしまう。クロコダイルはそれを悔しく思うが、駄々をこねようにも勃たないのだからしかたない。
不服そうな様子を見たなまえは思いついたようにクロコダイルの下腹部へと手を伸ばし、下着の上からそっと慎ましやかな膨らみを撫でた。
「おい……、勃たねェと言ってるだろうが」
「この方法は試してない」
そう言って下着越しに柔らかな頂きへとキスを落とし、ゴムに指を引っ掛けてずりさげるなまえにクロコダイルは眉をひそめたが抵抗はしなかった。口では否定こそするものの、無事に勃ってくれればそれに越したことはない。この状況に最も納得していないのはクロコダイル自身だった。
生身の陰茎をふにふにと遊ぶようになまえの指先が動く。先端を親指の腹で優しくさすり、握りこんで緩く上下に扱こうとするが、くったりとした姿を変えることはなかった。
なんて情けない。クロコダイルは堪らず項垂れて顔を手のひらで覆い、重いため息を吐いた。
「何も感じない?」
「……あァ」
まるで感覚をなくしたみたいだ。クロコダイルはそう思いながら、足の間から見上げてくるなまえの乱れた髪を軽く撫でて整えた。
一向に反応を示さない姿に、なまえが再び顔を下に向けて不思議そうに股間をまじまじと観察してくるので、いたたまれなくなったクロコダイルはその肩を掴んで下腹部から引き剥がした。
「もうやめろ」
「かわいそうに」
「……うるせェ。今日は寝る」
向けられるその顔が、ちっともかわいそうなんて思っていないことをクロコダイルは知っている。
不貞腐れ、毛布を被ってさらりとした肌触りのいいシーツの上に横になり目を閉じる。その様子になまえは小さく笑うと、毛布とシーツの間に体を入れて、自分とは逆側を向いてしまったクロコダイルの機嫌を取るべく背後から抱きしめたのだった。
◇◇◇
三日後の夜、再び二人はベッドの上で触れ合っていた。先日とは違い、なまえが主導して進められていくその行為は、甘く暖かい。しかしどこを触られても、クロコダイルの体に変化はなかった。
その事実がクロコダイルのプライドをいたく傷つける。
「どうしてだろう……。病院で診てもらったほうがいいんじゃない?」
「すぐに治る」
「でも」
「少し黙れ……ッ」
溢れた苛立ちから、クロコダイルは思わずなまえの髪を引き掴んで下腹部から顔を遠ざけた。
驚きと、頭皮が引き攣る痛みで顔を顰めたなまえがクロコダイルのほうを見る。その瞳にいつもとは違い怯えが混じっているのに気付いた時、クロコダイルの腰がずくりと重くなった。
「く、クロコダイル……?」
控えめに名前を呼ぶ声が、クロコダイルの鼓膜を甘く揺らす。さっきまで柔らかかったクロコダイルの陰茎は、何事もなかったかのように大きく張り詰めていた。
「……舐めろ」
戸惑うなまえをよそに、クロコダイルが低い声で告げる。なまえはおずおずと舌を伸ばして、先端に柔らかく舌先を這わせた。その様子に満足したクロコダイルはなまえの髪から手を離し、足の間にある小さな頭を静かに見下ろす。
この表情がずっと見たかった。どんな時でも自分を受け入れようとするなまえが、自身の存在を拒否するのを見てみたかった。抵抗されても構わずに酷く扱って、そして呆気なく突き放される。それをクロコダイルは心のどこかで望んでいた。
クロコダイルは二人で日々を過ごすうちにいつしかなまえに確かな好意を抱いていたが、そんな自分自身を許せずにいた。今さら誰ひとり信用なんてできる訳ないのだ。甘く優しい恋人なんてもってのほか。だからこうして、手酷い目にあったなまえが自分から離れていってくれればいい。そう思った。
舌先で丹念にクロコダイルの雄を濡らしたなまえが、その先端をそっと口に咥える。時折クロコダイルを見上げる両目は、目の前の男の意図を探るような目付きをしていた。そんななまえの顔を、クロコダイルは冷たく見下げた。
「ん……ぅ……」
クロコダイルの張り詰めたそれはすぐに口の中がいっぱいになってしまうほど逞しい。
ゆるゆるとした動きで浅い口淫を続けていると、再びクロコダイルの右腕がなまえの頭に伸ばされる。大きな右手はなまえの頭を簡単に掴み、その顔を無理やり根元のほうへと力をいれて押しやってしまう。
クロコダイルの肉杭がなまえの口内に全て収まり、その切先が喉奥をぐり、と抉った。
「う、ぇ゛……!んぐ、……っ!」
なまえは思わず目を見開いて嗚咽を洩らし顔を持ち上げて逃げ出そうとするが、力の差は圧倒的なものだった。
気道を塞がれたことで呼吸すらままならず、なまえの両目にはじわりと涙の膜が張る。
「んん゛……!ん゛〜〜〜っ!」
「クハハ、なに言ってやがる」
クロコダイルの冷徹な、しかしどこか楽しげな声がなまえの頭上に降り注ぐ。
そんなに気に障るような言動をしただろうか。なまえは必死に頭を巡らして、せめて謝罪の言葉をと考えるが、それすらも口を塞がれた今は許されなかった。
クロコダイルの体を手で叩いても全く動じる気配はない。
それどころか、なまえの目の端に溜まった涙が頬をつたい落ちるのと同時に、クロコダイルは髪を掴んで乱暴に頭を上下させ始めた。
「……ッ!んぅぅ゛……」
クロコダイルの熱い陰茎で無縁量に喉を抉られて、なまえの顔は零れ落ちる涙と唾液でぐちゃぐちゃだった。
あまりの苦しさにクロコダイルのそれに噛みついてしまおうかとも考えるが、クロコダイルを傷つけることがなまえにはどうしてもできなかった。
徐々にクロコダイルの熱を帯びた荒い吐息が聞こえ始める。それはクロコダイルが興奮しているのを意味していて、なまえは酸欠で霞む頭のどこかで、その事実に喜びを見出していた。
なまえの口内でクロコダイルの雄がびくりと脈打つ。限界が近いことを察するとなまえは再び顔を離そうとするが、クロコダイルは慈悲もなくなまえの頭をより一層力強く抑え、喉の奥深くへと熱塊をねじ込んでしまう。
「……ッ、零すなよ……!」
「ん゛……!?ぅ゛〜〜〜……!」
なまえの口内にクロコダイルの吐き出した白濁が勢いよく注ぎ込まれる。どろりとした濃い体液をなまえは言われるがまま喉を鳴らして飲み込んだ。
白い喉元が上下するのを見届けたクロコダイルは、ようやくなまえの頭を掴む手を離した。
解放され咳き込むなまえのことを、クロコダイルは静かに見ていた。
なまえとの関係はこれで終わるだろう。他人事のようにそう思った。
なまえがタオルで口元を拭っている間も、クロコダイルは動くことができなかった。
二人の間に沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、なまえのほうだった。
「……眠ろうか、クロコダイル」
乱れた呼吸を整えるように深く息を吐き出してそう言ったなまえに、クロコダイルは怪訝な表情を返すことしかできなかった。
さっきまでの苦しそうに歪んだ顔はどこへ行ったのか、その表情はいつものように穏やかだ。
先に横になったなまえが、クロコダイルに向けて手を伸ばす。
「なんて顔してるの、おいで」
なんとも腑に落ちない気持ちを抱きながらも、クロコダイルはなまえの隣へ横たわった。すぐになまえの手で体に毛布がそっとかけられる。
クロコダイルは目を閉じてなまえの体を片腕で抱き寄せた。今はもう全てを忘れて眠りたかった。
その夜のクロコダイルの睡眠は、今までで一番穏やかなものだった。