容姿が少し似ているせいか、昔からよく兄妹のようだと、周りから何度も言われた。幼い頃の春香は、それに対して怒ったり喜んだりする以前に、自分と兄妹だなんて彼は機嫌を悪くしないかとびくびく小動物のように震えていた。
 しかし当の英智は特に嫌がる様子もなく、寧ろどこか嬉しそうな表情だったのを、春香は今でも鮮明に覚えている。


***

「…なんかさ、会長とはるって兄妹みたいだよね」
「は、」

 桃李の唐突な発言に、春香は思わず振り返った。久しぶりに聞いたその言葉は、昔と違い複雑な感情を春香の心に渦巻かせる。何故なら今の彼女は、幼馴染である英智に仄かなる恋心を抱いているからだ。故に、兄妹みたいだと言われるのは何とも微妙な気分にさせられる。

(確かに身長差あるから、見えなくはないけど…)

 口を尖らせ、春香は小学生とも間違えられる己の背の低さを恨んだ。

 そんな彼女の心情など知らないであろう英智は「成る程、兄妹か…」と、顎を触り考え込んでいた。そして何やら子供が悪戯を思い付いたような悪い顔を此方に向ける。その表情から、春香は己の背筋に悪寒が走るのを察知した。

「ねえ、はる」
「な、なに?」
「僕のこと、『おにいちゃん』と呼んでみてくれないかな」

 ああやはり、嫌な予感は的中するもんだ。いつも彼はこうして春香に反応を求めようと思いついた提案を投げてくる。慣れているとはいえ、流石に人がこうもいる場所でそう言うのはちょっと困ってしまう。だが英智は気にせず続けた。

「ねえ、はるってば」
「も、ばか!そんなの嫌に決まって……むきゅっ!」

 そう言いかけた瞬間。
 英智の手が、両頬を挟むかのようにぐいっと、顎の下から入ってきた。そのまま持ち上げて「呼ばないと離さないよ」と、春香の頬をむにむにしながら笑っているが、声は全く笑っていない。うー、と何か言いたげな呻き声を上げて訴えるが、英智はにこにことしているだけで離してはくれなかった。
 その様子を哀れに思った蓮巳は、助けてやろうかと考えたが。幼馴染み達の面倒事に巻き込まれるのは御免だと、椅子に座り己の作業を黙々とこなす。弓弦や桃李も同じで、真緒までもが二人の様子を少し離れて眺めているだけだった。

「うっ、ぅ、んーーっ!」
「ん、呼ぶから離してって?はい、どうぞ」

 ぱっと手が離され、やっと呼吸を吸えるようになったと同時に、ケホケホと咳込む春香の姿を愉快そうに英智は見つめている。そんな彼に少し怒りが湧いたが、反抗したところでまた返り討ちに合うし何をされるか堪ったもんじゃないので口を噤んだ。

「お、…お、にいちゃん……」

 生徒会の面々が集う中。外方を向き、春香は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに彼の希望通りに呼んだ。すると、英智は満足気な笑顔で「よくできました」と子供を褒めるように頭を撫でた。何だか馬鹿にされているような気もするが、こんなことで英智が喜ぶならまあいいかな。手の感触を頭で味わいながら、春香はゆるゆると口元を緩ませる。

 なんて、思ったのも束の間で。

「それじゃあ今日一日、僕のことはおにいちゃんと呼んでね」

 いつの間か追加された一日という単語に、春香は目を見開いた。何それ聞いてない。

「え、ちょ、」
「なんだい、僕は一回だけとは言っていないよ。…あ、ちなみに名前で呼んでも一切反応はしないつもりだからよろしくね、はる」

 語尾に音符が付くほど楽しそうに微笑む彼は、まるで子供のようで。またそれが可愛く感じてしまうから、春香は結局怒るに怒れないまま、溜息を一つ溢して頷いた。




お兄ちゃんと呼ばせたい会長
(150926)
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