今日は青学との練習試合を行うため、佐伯達六角中テニス部の面々は東京へと向かう電車に揺られていた。休日ともあってか車内はごみごみとしている。子供から大人まで敷き詰められているこの空間に、佐伯は窮屈だなとぼやきながらつり革に掴まった。

「うっ、せま……」

 唸るような声が下から聞こえて、視線を下げると、人の波に押されたやよいが佐伯の腰にしがみつくように、ぎゅうっと抱きついていた。普段なら絶対に有り得ない行動だが、考えてみれば背の小さな彼女にこのつり革は背伸びをしても若干届かないし人混みの窮屈さでまともに立つことも恐らく出来ない。だから丁度傍にいた佐伯を、不本意に思いつつ吊り革の代わりにしたのだろう。

「大丈夫かい、やよ」
「だ、大丈夫…だけど、サエに倒れられたら困るから倒れないでよね」

 八の字に眉を下げて、此方を見上げながらそう言うやよいの姿が可愛かったのか。佐伯は思わずにやけそうな顔を手で必死に抑えた。此処が電車の中じゃなかったら抱きしめていたかもしれない。いや、寧ろしても許されるのではないだろうか。混雑しているからという理由で。そうだそれで大丈夫。

 佐伯は己の中で勝手に自己完結をし、怪訝な表情を浮かべるやよいにまた萌えながら背中に片方の手を回した。

「ちょ、こら!なにしてんの!」
「いや、この状況でならいいかなって、ね」
「何がいいのよ…もう!」

 調子に乗らないでよね、とぽこぽこ怒りつつも、決してその手を払い除けたりしないのが彼女の優しいところであると佐伯は知っていた。やよいもまた、何を言ったとこで彼は諦めない男だと理解しているからこそ、強く言うことはない。だからと言って許したわけでもないのだけど。

「ね、やよ」
「うん?」
「駅に着くまで、このままでいいよね?」
「…何もしないなら別に」

 やったね、とにこにこ笑う佐伯の表情が妙に腹立ったけど、悪い気もしなかった。
 早く着いてしまえばいいのにと、やよいは心の内で吐きつつ。彼の胸に顔を埋めて、ガタンガタンと揺れる音と共に身を委ねた。




(150927)
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