「今日は月がとても綺麗に輝いてるね。流石、中秋の名月といったところだ」

 人気のないガーデンテラスに向かい合うように座る光景は、昼と変わらない筈なのに。どうしてか、神秘のベールに包まれたような感覚を覚える。
 春香は己のカップに注がれる紅茶を眺めながら、恐らく英智が用意してくれたであろう皿に乗せられた白く艶やかな団子を片手に取り、口に含んだ。

「それ、今日の為に取り寄せたものだけど美味しいかい?」
「うん、美味しい」

 それはよかった、と英智は満足気な笑みを浮かべ、手にしていたティーポットをテーブルに置く。ひゅうっと涼しげな風が服の隙間に入り込み、一瞬だけ来た寒さに体を震わせた。
 やはり夜は冷え込む季節。もう一枚上着でも着てくれば良かったかなと思いつつ、目の前に淹れてくれたまだ温かい紅茶を頂くことにした。


「月を見ながら嗜む紅茶も、悪くないね」

 何処か楽しそうな口ぶりで、カップを口元に持っていき紅茶を啜る仕草はやはり様になっている。同時に、やっぱり好きだなあと自覚させてくれるのであった。だが、春香は月見を始める前から抱えていることを思い出し、おずおずと英智に声を掛ける。

「…ねえ、英智」
「なんだい、はる」
「お月見はいいんだけど、あんまり外にいると後で敬人に怒られない?」

 そう。実はもう一人の幼馴染である蓮巳に内緒で此処に来たため、家に帰ったら長時間のお説教が待っていそうな気がして少し不安だった。しかし英智は特に臆することなく「大丈夫だよ」と春香を安心させるような口調で言葉を続ける。

「まあ、説教は確実にされるだろうけど、僕は君と月が見たかったし。それははるも同じだろう?」
「……うん」

 英智の言う通り、春香も今日の月見を共に見るのを楽しみにしていた。昨年は彼が入院していたのと、天候が悪かったせいで出来なかったから。だから今年は、何事もなくこうして二人で月を眺めることが出来て嬉しかった。
 
「だから今は、僕と月だけに集中してほしいな」

 その言葉から伝わるのは嫉妬なのか、命令なのか。月明かりに合わせて微笑む彼の姿に見惚れて、春香はただ頷くことしか出来なかった。




お月見
(150927)
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