ほんの出来心のつもりだった。


「…出来ちゃったかもしれない」

 態とらしくお腹に手を当てて深刻そうな顔でぽつりと呟けば、目の前で優雅に紅茶を飲む幼馴染みの手が止まった。上手い具合にカップに隠れて表情は伺えないが、真顔に近いと予想。あまり表情に出さない男なので。
はるはゴクリと喉を鳴らし、相手の反応を待つ。

「……はる。それは、本当かい?」
「う、うん」

 ゆっくりと手に持っていたティーカップを皿に戻して、英智が怪訝そうに此方を見た。その目は真剣なもので、思わず背筋が冷やりとなる。本当は出来ちゃったなんて、嘘だ。たまにはからかってみたいという小さな悪戯心が芽生えてしまい、言ってみただけである。

 ところがこれは、どうしようか。はるは、この先続く英智の発言に、己の軽率な行動を心の中で後悔した。

「もしかして、一週間前に僕の部屋でした時にかな。あの時は確か購入していたゴムが切れてしまって、はるも了承したからそのまま着けずにしてしまっていたよね。可能性はあると思っていたけど、まさか本当に出来てしまうなんて…」
「………………」

 信じられないと言わんばかりの口調で語る英智に、はるは呆気に取られ無言になりる。額から止めどなく滴れる冷や汗に英智は気づいてるのか、気づいてないのか。淡々と言葉を続けた。

「予定は狂ってしまったけど、良かった。これで僕たちは晴れて世間に夫婦として公表できる様になるね。…あぁ、でもそうなると学院での生活は厳しいかな?もし転んだりしたら大変だし、他の男子生徒達に何か暴力を振るわれたりするかもしれないし…うん、出席は僕の方で何とかするからレッスンもアイドル活動も一旦休止にしようか。はるには僕の部屋で安静に生活をしてもらわないとね。外に出るのも禁止だよ」
「あっ、あの…」

 何だか凄い展開になっている。やばい、早く嘘だと言わないと取り返しつかない事態になってしまう。そう脳で感じ、はるは急いでいま話したことは嘘なんだと、話を続けようとする英智に説明する。途端、英智の動きがピタリと止まった。
 ああこれは怒られるかとしれない。覚悟を決めてぎゅっと目を瞑る。が、何も起こらなかった。不思議に思ったはるが恐る恐る目を開けると、目の前に座る彼は何時もと変わらぬ笑みを浮かべ「そうか」と一言。その様子にはるはホッと胸を撫で下ろす。そうだ、彼は身内には優しい男だった。

「本当、ごめん」
「いや、いいさ。何となく気付いてはいたし、からかうつもりで言ったから気にすることはないよ」
「からかう……や、私には本気のように聞こえたけど…」

 そう言ってはるは苦笑いをし、先程英智が淹れてくれた紅茶入りのカップに手を伸ばした。が、それは突如反対から伸びてきた英智の手により阻止されてしまう。

「えっ」
「そうだね、半分は本気だったよ。もし本当だったら、僕はきっと君を監禁するレベルで部屋に閉じ込めたかもしれない」
「あの、その、えっ…と……」
「だから正直な話、とても怒っているんだよ。この僕を騙そうなんて、はるはいけない子だね」

 ギリギリとはるの腕を強く掴み、目を細めて笑う彼の目は、決して笑っていなかった。
嫌な予感を感知したのか、青ざめた表情のはるに、英智は満足気な顔をして彼女にこう告げた。

「君が望むなら、本当にしてあげようか?」



騙す相手は選ぶべき
(150901)
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