オレンジ色の夕日が海の中にゆっくりと沈んでいく。時刻は午後五時半をまわったところ。

 全国大会も近い為、練習も少しハードルをあげて今日の部活は浜辺で走り込み。みんな後ろにタイヤが結ばれた紐を腰に付けて波打ち際の砂浜を走っている。マネージャーである私はその様子を少し離れた場所で眺めていた。
 普段なら自分も彼らに混じって一緒に走るのだが、如何せん、体の調子があまり良くない。別に女の子の日でもないのだけどね。なので今日はこうして彼らの練習を眺める事にしたのである。勿論、マネージャーとしての仕事も忘れずにタオルやドリンクの用意は完璧。

「おーい」

 砂を踏みしめ、タイヤをずるずる引きずりながらサエが此方に歩いてくる。もう走り込みは終わったのだろうか。
 相変わらず汗をかきながらも、無駄に爽やかな表情を見せるサエ。普通の女の子なら先ず卒倒なんだろうなあ。確かに顔だけなら六角一ではあるけど、性格は見た目とは裏腹に黒い部分が多いぞ。他の女の子達は、サエの表面上の性格しか知らないから気付いてないみたいだけど。

 そしてお生憎様だが、私は小さい頃からサエや六角のみんなとは長く付き合ってきた。その中でもサエとは家が近く、幼稚園、小学校も同じで遊ぶ事も多かった。所謂幼馴染であり、男友達。彼らはそう言う対象であり、今さらときめきなどないのである。多分。

「ねえ」
「なに?もう終わったの?」
「まだだよ、ただ何となく声をかけたくなったんだ」
「ああそう…」

 つれないなあ。態とらしくサエは苦笑いを浮かべて、私の頭を撫でる。練習抜けてこっちに来たやつの相手をする程私も暇じゃないんだけど。そう思いサエの手を思い切り叩く。一瞬驚いた表情を見せたが、反応を貰えたからか直様嬉しそうな表情に変わった。

「フフッ…本当に可愛いなぁ」
「はいはい、いいからもう戻りなよ。バネと剣太郎が凄い形相でサエの事睨んでるよ」
「うーん、そうしたいけどまだ一緒に居たい気分…」
「別にまた後でもいいじゃない。帰りもどうせ途中まで一緒なんだし」
「それもそうだね、わかったよ。戻るよ。……でもその前に、」
「ん?」

 なに、と声を発した瞬間視界が真っ暗闇に包まれた。同時に唇に柔らかな感触。かと思えば、すぐに元の景色が視界に戻ってきた。

 あ、あれ。
 いま、何が起きたの。

 恐る恐る指で、そっと唇に触れてみれば仄かに残る温もり。それと、目の前でにやりと口角を上げるサエの意地悪い顔。それだけで確信した。
 私はいま、サエにキスをされたのだ。頬や額ではなく、唇に。バードキスの様に軽く触れたから咄嗟には理解出来なかったけど、これは。これは…。

「ご馳走様、これでもっと俺の事意識してくれたら嬉しいな」

 満足気に微笑みながら、サエはみんなの元へ戻っていった。残された私は魂が抜け落ちたかの様に、放心状態のまま立ち尽くす。脳裏には先程のサエの表情と言葉がびっしり焼き付いて離れない。

 意識してくれたら、とは。

(…それは、つまり、)

 言葉の意味を理解した途端、熱が一気に体全体にこみ上げてきて思わず頭を抱え砂の上に座り込んだ。なんと言う事だろう。薄らと感付いていた事実をはっきりと教えられ驚きのあまりか頭の中が混乱している。どうしよう。鏡がないから見えないけど、きっと今の自分の頬はあの夕日と同じ色で染まっている。だって、夏の所為にしたい程こんなに熱いんだもの。

 ああ、もう!
 この後どんな顔をしてサエを見たらいいんだろうか。いっそこのまま家まで走り帰りたい。

 火照る頬に両手を当てる。熱い。バクバクと脈打つ様に止まらない心臓に気付きたくなくて、私は静かに瞳を閉じた。



認めたくない気持ち
(20130701)
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