「サエは私の何処が好きなの」

 練習が終わり、着替えも済ませて、後は部誌を書いて出しに行くだけだ。部室に無造作に置かれた椅子に座り、机の上の部誌に手を伸ばす。すると、別室で制服に着替え終わったやよが俺の向かいに座り突然そんな質問を投げかけてきた。

 珍しい事もあるもんだ。普段のやよならば絶対にそんな事を聞いてこないというのに。これは俺に興味を示し出してくれているのかな。嬉しさから思わず笑みが零れた。

「あ、言っとくけど、別にサエの事が気になるからとかじゃないからね。勘違いしないでよ?」
「うん。俺の事、そんなに気にしてくれるなんて嬉しいな」
「私の話聞いてた?…はあ」

 眉間にしわを寄せて、大きく溜息をつきながらやよは机に頬杖つく。そんな姿も可愛いよ。心の中でそう思い、筆箱からシャーペンを取り出して今日の部活内容を書き込む。
チラリ。やよの方を見つめれば、此方の視線に気付いたのか頬を少し膨らませムッとした表情で外方を向いた。一々反応する仕草も可愛いなあ。

「…というか、地味にスルーされてたけど、」
「ああ。やよの何処が好きだってやつだろ?困ったなあ、沢山あるから全部今日中に言えるかわからないや。やよの家に泊めてくれるなら…」
「馬鹿言わないで。早くそれ書いてよ」
「そうだね、やよが俺に構ってもらえなくて寂しがる前に終わらすよ」
「別に寂しくないけど!」

 「全くサエは…」ぶっきらぼうな声でぶつぶつと呟きながらやよは少しずれた髪留めを指で綺麗に整える。
 茶色がかったオレンジ色の髪によく似合うあの黄色い髪留めは、彼女のお母さんが幼稚園の頃の誕生日にくれた物らしい。宝物なんだと、嬉しそうに話してくれたのを何となく思い出した。小学校中学年辺りの話だから、やよははっきりと覚えてないだろうけど、あの時見せた今で言う天使の様な愛らしい笑顔に俺は惹かれたんだろうな。幼稚園の頃から好意を無意識に抱いていたが、自覚をする程惹かれたのはその時に違いない。

「ねえ、やよ」
「なに?」
「その髪留め、よく似合ってる」
「えっ。…今更どうしたの」
「何となく、かな」
「あ、そう…」


「…やよ」
「今度はなに」
「好きだよ」
「!」

 不意を突かれてかやよの動作が一瞬止まる。
 驚きの表情を浮かべ、言葉が詰まらせるやよに俺は追いうちを掛けるように言葉を続けた。

「やよが、楽しい事、嬉しい事で無邪気に笑う表情が、俺は一番好きだよ」
「あ、えっ、な、…えっ?」

 もちろん他にもやよの好きなとこは沢山あるけどね。
 手に持っていたシャーペンを置いて、腕を組み、にっこりと微笑めば、やよは頬を赤く紅潮させ俯いてしまった。あれ、何か可笑しな事言ったかな。ふふふ。耳まで真っ赤にしちゃって、本当に可愛い。このまま抱きしめてキスをしてしまおうか。だけどその前に、俺もやよに聞きたい事があるんだ。

「俺からも聞かせてよ。やよは、俺の何処が好きなのかな?」

 少しだけ意地悪く問いかけてみれば、彼女は俯いたまま耳に微かに聴こえる程の小さい声で「そんなの、知らない。馬鹿」とだけ答えた。照れ隠しとは分かってるけど馬鹿は酷いな。成績は数学以外なら結構中の上なんけど。あとそれは答えになってないし、俺だけなんて不公平じゃないか。でもいいよ、また今度二人きりになった時、腕の中に閉じ込めてしっかり聞かせてもらうからね。





好きの理由
(20130702)
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