忘却の姫子
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忘却の姫子 
 美しかった白の宮殿は、赤に染まった。
 吹き荒れる風に飛ばされて視界に散る雪の粉と火の粉が、乱舞する。
 ガチリ、腰の剣柄を強く握りしめる。金具が嫌な音を発てる。
 目と耳を、思考を閉ざしてしまいたかった。

「──これが負けるということか……」

 喉が焼けるように痛んだ。根こそぎ裸に剥かれ、皮膚が、毛穴という毛穴が、全身を苛む。傷みがひどく激しかった。体内を虫が這うかのような忌まわしい感触と痛み。

 セレスティア王宮は、赤に染まった。炎にまかれていた。

 敵兵と刃を交えながら、王の亡骸を、焔に焼かれる様を背後に、王宮から命からがら逃げて来た。王宮の裏手に聳える深い山森の奥に。

 なぜこんなことになった。なぜだ。

 問いは目の前の現実しかない。

「さぁ。お行きなされ」

 一緒に逃げて来た城守婆マイールが、遠くに燃える王宮に目を据えながら凛とした声音で告げた。マイールも相当に憔悴しているはずだ。だが背の曲がった痩せた老婆の瞳には、強い光が消えていなかった。
 幸いにも、ユージンもマイールも深手は負っていない。

 老婆の腕には、布に包まれた小さな赤子が大事そうに抱かれ、惨状とは裏腹に、何も知らずに安らかに眠っていた。

「我らが騎士よ。若き我らがサンカルナの騎士よ。お主は生き延びた。小さき御子と一緒にな」

 老婆に抱かれた赤子は王の御子だった。

 何としても、この御子だけは守らねばならない。守ると誓った。
 王宮の隠し通路の奥の部屋で、数人の侍女らによって匿われていた唯一の末の王女を連れて。
 逃げなくてはならない。生き延びねばならない。

 ──リカード様あぁぁ!!

 王の亡骸を前に狂って泣き叫んだ自分。
 リカルド陛下が全てだった。セレスティアに忠誠を誓ったこの俺が、陛下をお守りすることが出来なかった。どんなに泣いても、陛下は戻らない。

 なぜ奴らはこの国に攻め入ることが出来た。なぜだ。何もかもが分からなかった。
 気付いた時には遅かった。王宮内に、敵兵が雪崩れ込んで来ていたのだ。
 どうやって入り込んだ。
 なぜ。


忘却の姫子