窓から風が吹き込んで、乱れた髪が視界を奪う。汗ばむ肌に張り付いたそれをかきあげて、取り戻した視界は先程までと変わらない満天の星。縁取られた先のそれは、同じ夜でもイル・ファンのものとは違ってもっとずっと暗い。だけれどその分、あの空よりも落ち着いて眺めていられる気がする。ちらりと、星の光が揺れた。
「風邪引くぞ」
「引かないよ、こんなに暑いんだから」
「それはそれ。せめて髪は乾かしとけって、湯冷めするぜ」
「もうほとんど乾いてるよぅ」
「はいはい」
後ろから伸ばされた手になされるがまま、わたしは目を閉じた。わたしの発作───あの目覚めについて、ユーリはそう呼んだ───の話をしてからも、彼はあまり変わらない。わたしの熱も自分のそれも、まるで無いかのようにこれまで通りの距離を保っている。ただ、時折こうしてふいに距離を詰めては穏やかに微笑う。それから。
「つっかれたー…」
「今日は何したの?また騎士団がユーリの名前叫んでたよ」
「んー…クレアの家の屋根、直してたらなー……喧嘩売ってきたから、倍の値段で…返品して、やった……」
「つまり売られた喧嘩をきっちり買ってボコボコにして追い返したのね…。ユーリ、眠いなら部屋に戻りなよ」
くあ、と欠伸をしたユーリは、ぼふりとベッドに倒れ込んだ。そこはわたしのベッドなのだけど、とは言えずに口を噤む。
「あしたはぜったい起きれねぇから、ここでねる」
「……。」
あの発作の翌日から、ユーリは朝になると必ずわたしを起こすようになった。頼んだわけでもやると宣言されたわけでもないけれど、まるでそれが当然のように始められ、そして続けられている。起きる時間など、大幅にずれることはあまりないとはいえ必ずしも同じ時間ではないのに、それでもユーリはわたしを起こすのだ。それが大きくはなくとも彼の負担になっているのは深く考えなくてもわかることで、そんなことはないとユーリは笑い飛ばすけれど、次の日にわたしより早く起きられそうにないと判断した日には、こうしてわたしのベッドで眠るのがその証拠。そこまでしてくれなくて良いと思うのに、じゃあ他に解決方法があるのかと問われてもわたしはその答えを持っていない。わたしは大丈夫だから、なんて曖昧で独り善がりな感情論で納得するほど彼は子どもではないし、なによりわたし自身が、彼を拒めない。同じ熱を抱いているのを知ってしまった。気付かないほど無知ではなくて、けれどもそれを無かったことに出来る気質ではなかった。だからいくらユーリが見ないふりをしていても、わたしはそれを拒めない。
「…ずるいひと」
わたしの温度を知っていて、見ないふりをするくせに。不意に近付いて、触れて、そしてすぐに、こちらからは触れられない距離に戻る。いっそ触れてくれたなら。もっと近付いて、その手で熱を分けてくれたなら。そんな風に考え至って、自嘲する。だって、
「───狡いのは、わたしだね」
背を向けて眠る彼のその背に触れて、温もりが混じる前に離れる。しなやかで細身だけれど、女性とは違う広い背中。もっと触れていたい。でもきっと、わたしなどが触れていいひとではない。彼の温度を知っていて、彼が見ないふりをしていることを知っていて、その理由も知っていて、それらをわたしが知っていることを彼も知っていると、知っていて。それでもわたしは無かったことにしないのだから。狡いなんてものではない。彼の背に触れてあの人を思い出すわたしは、その上で彼の熱を欲しがるわたしは。