想う以外は望まない
ひとつ理解してしまえば、あとは簡単だった。
02.
「ユーリのところへは行かないのか」
砂を踏む音が、わたしの横で止まる。そうして月影がふたつ並ぶのを視界の隅に映しながら、フレンもさっきの2人を見ていたんだろうなぁなんて思った。脳裏に焼き付いた、触れ合ったあのふたつの手のひらが酷く妬ましかった。
「…行かないよ、」
ユーリが応えたのは、エステルだったからだ。わたしには問い掛けることさえも許してくれなかった。ユーリがダングレストで何を背負い、この街で何を切り捨てたのか。わたしは知っているのに、ユーリもそれに気付いているのに。そこに触れることも出来なかったわたしが何か言ったとして、彼に届く言葉などあるものか。ユーリの隣に立てるのは、やっぱりわたしではなかった。いつか、もしかしたら、どうかそうであるように、なんて願っていたけれど。
「…諦めるの?」
フレンは真直ぐわたしを見て、その目の力強さとは反比例するように、ちいさな声で言った。意思の強い目も声の優しさも、出会った頃から何も変わらない。わたしとユーリのことを他の誰よりも理解していて、真面目だから本人たちより真剣に悩んでしまう不器用な人。揺らいでしまいそうなのはその目線か、それとも。
「どうして…」
あまりに弱々しいその声が何だかおかしくて、手を伸ばしてフレンの鮮やかな前髪に触れた。
「ねぇフレン、」
「…レナ?」
「諦めても何も変わらないよ」
諦めずに想い続けてもこの恋は報われないし、諦めたところでこの感情は無くならない。
他に移ろうこともないまま、たぶん、きっと、この心が死ぬまで、ずっと。
「そんなのッ…!」
今度こそ、フレンの碧い目が揺らいだ。
「そんなの、おかしいじゃないか!君も、君の心も…何ひとつ報われないなんて…ッ!」
「おかしくなんてないよ」
そう。何もおかしくなんてない。
彼女を見ないでほしかった。わたしを見ていてほしかった、けれど。いつだって、他の誰かに重荷を背負わせないよう、誰にも話さないまま抱え込むユーリが、はぐらかすこともしないでその手に触れた。──それが、すべての答え。わたしではなり得なかった。だって一欠片も、考えてさえいなかったのだから当然だ。
彼を支える、なんて。
ユーリは優しい人だからわたしの我が儘だって聞いてくれる。呆れても、笑って、仕方ないなって。彼が背負ったものも、切り捨てたものも知っていて、それがどんなに重くて辛いものか想像さえしないで、ただ自分の願望をぶつけていたことが、今、とても恥ずかしい。
「…わたしは馬鹿だから。報われないなんて、考えてなかったの。絶対わたしを好きになってもらうんだって、自分の感情振り回して」
「…。」
「そこにユーリの気持ちなんて、なかった」
相手のことを考えましょう、思いやりをもって行動しましょう。小さな子どもでも知っているようなことさえ解らなくなるほど、自分中心に捉えて、吐き出して。そんなひとり相撲の恋、報われなくて当然だ。
「フレンにも、いっぱい迷惑かけちゃったね」
「困ったことはあっても、僕には、迷惑なんかじゃなかった。君に関わるすべて、何ひとつ」
「…優しいね、フレン」
「悪いところも、確かにあっただろう。だけど全部がそうだったわけじゃない。だから、」
──報われなくても当然だなんて言わないで。
「フレン、」
俯いて、消え入りそうな声でそう言った彼の、柔らかな金糸にもう一度触れた。ありがとうもごめんねも、言えないと思った。その優しさを受け入れるなんてわたしには出来そうにない。だって。
「諦めたって、この感情は無くならないから。だからこの心が死ぬまで、想うことにするよ」
ただ、この恋にはもう、何も望まない。