「君が、ユーリのお嫁さん?」
何と返したものかわからなくて、目を瞬かせた。太陽のように鮮やかな髪を夕風に揺らして、その人はふわりと笑った。
* * *
「…ごめん。下町の皆が言っていたものだから、てっきりそうなのだとばかり思っていたんだ」
「そんな、謝らないでください、えぇと……噂が独り歩きしてしまったというか、でも噂ってそういうものですし、その…!」
正面でしょぼくれるその人に言い募って、どうにか頭を上げてもらう。未だ眉を下げて苦笑いを浮かべる姿に、むしろこちらの方が申し訳なくなってくる。元はと言えば、その噂をきちんと否定していないわたしたちが悪い。何よりもっと悪いのは、誤解されないための適切な距離を保てていないわたしだ。
「改めて、僕はフレン・シーフォ。ユーリとは幼馴染なんだ」
「ご丁寧にありがとうございます。レナと申します。…すこし事情があって、
「女将さんから、よく働いてくれる看板娘だって聞いてるよ。おかげで前より繁盛してるって」
「そんなこと!前から繁盛していたでしょう?」
箒星のお客さんは、下町の人がほとんどだ。それに混じって旅の途中で立ち寄った人や行商人が居る程度。つまりほとんどが顔見知りで常連だ。わたしが働き始めてからお客さんが増えたなんてことはない。もちろんそのおかげで皆さんに覚えてもらうのも早かったけれど。
「まぁ、下町じゃ此処くらいしか集まるところがないからね。でもたぶん、前より賑やかだよ」
「そうなんですか?」
「うん。訪れる人数は変わらなくても、回数が増えてるんじゃないかな?」
「うーん、なるほど……?」
その理由が本当にわたしが働いているからなのかは不明だけれど、何にせよ女将さんがそう思って喜んでくれているなら嬉しい。頬がゆるむのが自分でもわかって、恥ずかしくて口元を隠してみたけれど、正面に座るフレンにはたぶん見えていたと思う。
「ユーリが迷惑かけてるんじゃないか?」
「え?」
唐突なその問いは、あまりピンと来なかった。ユーリといて助けられることはあっても、迷惑をかけられたことなどない。むしろわたしのほうが迷惑をかけている気がするくらいだ。
「喧嘩早いし、よく問題も起こすだろう」
「まぁ、確かにユーリは揉め事の中心にいることが多いですけど……でもそれは“誰かのため”や“何かのため”ですから」
ユーリは自分のために揉め事を起こす人ではない。誰かが傷付けられた時に、蔑ろにされた時に、彼が見過ごせないと思った時に。ユーリが何か騒ぎを起こすときは、そういう時だ。彼自身は誰かのためだなんて思ってはいないけれど、“見過ごしてしまったら自分の気分が悪いから”なんて、結局回り回ってその人のためでしかない。
「“誰かの不幸”を放っておけないのは、“誰かの幸福”を考えているのと同義です。心配はしますけど、迷惑をかけられるなんてことは有り得ません」
ただ、売られた喧嘩はだいたい買う人だから、喧嘩早いのは否定しないけれど。
「…君が下町の皆に好かれるわけがなんとなくわかったよ」
「えぇ…?」
「ユーリをよろしく、って言いたくなる気持ちもね」
「なんですか、それ……」
当の本人であるはずのわたしには、まったく解らない。解らなさすぎて、何とも言えない気分がそのまま表情に出ている気がする。よろしくどころか、むしろお世話をされてるのはわたしのほうで、ユーリを頼まれるほど立派なことなんて何もしていないのに。
「…ユーリをよろしくって思う反面、あいつには勿体無いなとも思うけどね」
「そんなことありませんよ」
「あるよ。少なくとも僕はそう思った。君はとても魅力的だ」
「───……っ」
そう言ってあまりに綺麗に微笑まれて、頬に熱が灯る。……だめ、だめだめだめ。これは顔面凶器だ。ユーリもそうだけれど、フレンも、もう少し自分の顔の良さを理解して自重してほしい。他意がないのはわかっていても、これはいけない。真正面からそんな言葉を向けて、そんな風に微笑んだら勘違いする女の子が多発するのではなかろうか。羞恥に耐えられなくて俯いたとき、ずしりと何かが頭に乗せられた。
「よぉ騎士サマ、誰に断ってレナのこと口説いてんだ?」
後ろから伸し掛るように頭を押さえられて、視界がテーブルでいっぱいになる。姿は見えないけれど、間違いなくユーリだ。…お、重い……。
「レナを口説くのにはユーリの許可がいるのか?」
「さぁな」
「じゃあ、許可をくれ」
「誰が許可するかってんだ。…ま、元気そうで何よりだ」
「あぁ、おかげさまでね。ユーリも変わりないようでよかった」
「おう」
軽口を叩き合ってから、ほのかに笑う気配がする。幼馴染なだけあって気安いテンポで会話が進んで、なんだか少し意外だった。初対面ということもあってフレンはもっと真面目で堅い印象だったけれど、やはりユーリの幼馴染なのだと実感する。
「ユーリ、そろそろ彼女が潰れるぞ」
フレンの助けで重さから解放されて、首を摩る。あぁ…重かった。そしてすこし痛かった。もうちょっと体格差を考慮してほしい。文句のひとつでも言おうと見上げようとしたけれど、ユーリの手がもう一度わたしの頭に触れて、それは遮られた。そうして今度はするりと柔く撫でて、そのまま首筋に触れて。後ろから覗き込むように屈んだ彼の髪で視界が囲われる。
「フレンにだけは、惚れてくれるなよ」
───誤解されないための適切な距離を保てていないのは、わたしだけではなかったらしい。