知らないことだらけ




「見事なもんだな。武器もなしに戦ってるやつなんて初めて見たぜ」

声のした方を振り向いて、戸惑ってしまった。やけに整った顔立ちのその人は、黒い髪を風に揺らしながら剣を担いで立っている。今の声はこの人のものだろうか。低くて、男性特有の声だった。だけどその人は『美人』と称するのがたぶん一番適していて、それは男性だと言われても疑いはしないけれど、女性だと言われても納得するくらい綺麗で。けれども今、周りにはわたしと彼以外に誰もいない。
…と、いうことは。

「…おとこ…?」
「…」
「…」
「…女に見える?」
「…失礼しました…」

頷きかけて、だけど半眼で凄むその圧に負けて謝罪する。肯定と同義になるのはわかっているけど、否定は出来なかった。正直、声を聞かなければ背の高い女性と判断したと思う。確かに女性が着るにしては胸元が大胆すぎる気もするけど、でも世の中にはお胸があまり大きくない女性も、高身長の女性も、本当にびっくりするくらいお洋服が大胆な女性だっているわけで。体つきだって細身だし、女性に間違われるのが初めてということは絶対ないと思う。そんなに綺麗なお顔してたら仕方ない。

「あんたギルドの人間か?」

問われて、考える。ギルドとは何だろう。
軍隊というわけではなさそうだ。ラ・シュガルでもア・ジュールでも『ギルド』という存在を聞いたことはなかったように思う。だけど彼の口振りからすると、この辺りでは『ギルド』を知っていて当然のようだ。下手に答えると怪しまれそうけど、上手な嘘をつける気もしない。

「騎士団、って感じでもないしな」
「…どちらでもない、です」
「それにしては、えらくいい動きしてたけど?少なくとも帝国の一般人には見えねぇな」

ギルド。
騎士団。
帝国。

どれも聞いたことがない。出来ればいろいろと教えてもらいたいから怪しまれたくないけど、どう説明すればいいんだろう。

「で、こんなとこで1人何してたわけ?こんな雑魚相手に腕試しってわけでもなさそうだし」
「何かしてたってわけでは…」
「用もなくこんなとこに居たってか?」
「や、ちょっと迷子、って感じですかね…?」
「…はあ?」

嘘ではない。ここがどこかなのも知らないし、どこに何があるのかもわからない。こんな遮るものもない平原で迷うなんて馬鹿かもしれないけど、迷子であることは事実だ。ものすごく、恥ずかしいけれども。

「あんたな…こんな平原でどう迷うってんだ。そもそも、帝都は目の前だぜ」
「帝都…」
「そ、帝都ザーフィアス。つーか待て、あんたもしかして、武醒魔導器も持たないでここまで来たのか?」
「え、」
「よく無事だったな…」

彼が親指で示した先にあったのは、剣のような何かを中心に広がる街。中心には白く光る輪が広がっていてまるで街を護っているみたいだ。でもわたしはこんな街を知らない。光る輪も、帝都ザーフィアスも、武醒魔導器も。

わたしは、知らない。

旅を、していた。いろんなものを見て、沢山の人と出会った。世界の全てとは言わないけど、西へ東へ、本当にいろんな場所を訪れたんだ。その中でわたしは、光る輪にも武醒魔導器にも出会わなかったし、帝都ザーフィアスなんて、地図にすらなかった。帝都と呼ばれるくらい、こんなに大きな街が地図にないはずないのに。
なんで、どうして。この人は何を言ってるの。

「おい、どうした?」
「ごめん、なさい…ちょっと、混乱、して、」
「…顔色が悪いな。移動するぞ、暴れるなよ」
「え?」

ぶわり。浮遊感に襲れる。
足元を掬われたのだと理解したときには、既に彼の腕の中に抱えられていた。

「は…、待っ、え!?」
「暴れんなって。落ちんぞ」
「いや、ちょ、なんで!?」
「具合悪い人間歩かせるより早いだろ」
「あ、歩けるから、大丈夫だから!」
「その細い身体でどれだけ出来るか見物だな」
「いや、ちょっと意味がわからない…」

抜け出せるもんならやってみろよ。そう言って彼は、

「女に」
「…は、」
「見えたらしいし?ちゃんと男だってところ、見せとかねぇとなぁ」

意地悪くにやりと笑った。




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花ひらく頃、想いこがれる