迷子の行方




その腕から解放されたのは、酒場の2階にある部屋のベッドの上だった。わたしを抱えたまま堂々と街中を歩く彼は何度頼んでも下ろしてはくれなくて、言えば言うほど、暴れれば暴れるほどその腕の力は増し、最終的には下ろされるどころか、彼とわたしの間に隙間なんて少しも存在しないくらいに密着していた。彼に羞恥心というものは存在しないんだろうか。こっちは街の人と彼の肩越しに目が合った瞬間、本当に恥ずかしくて爆発するかと思ったのに。唯一の救いは、部屋に上がる階段が酒場の外にあったことだけだ。あんな体制で、お店の中になんて入れない。街中だって通りたくなかったけど。

「お、さっきより顔色がいいな」
「だから大丈夫だって何回も言ったのに!」
「ははっ!悪かったよ、あんまりかわいい力で暴れるもんだから、楽しくなってな」

そう言いながら水の入ったコップを差し出して彼はまたくつくつと笑う。受け取った水は少し温かった。

「で、迷子のお嬢さんはどこに向かってたの?あの様子じゃ、帝都じゃなさそうだったけど」
「いや、それが…」
「ん?」
「旅をしてたんだけど、仲間とはぐれて…」
「マジで迷子じゃねぇか…」
「船から落ちたところまでは覚えてるけど、」

そこまで話して、うつむいた。
みんなは無事だろうか。ジルニトラでの光景を思い出して、身震いする。みんなを、彼女を、助けたかった。だから代わりにそこに立って、クルスニクの槍を起動させて。
ありったけのマナを注ぎ込んで、ようやくこの身体が役に立ったと安堵を覚えたんだ。でも。

「そう、船から、落ちて…」

あの人と、目が、合って。
両腕で自分を抱き締めるように、身体を折る。最善だと思って選択した。だから、実行した。彼女を失うわけにはいかなかったし、こうして今考えてもそれ以上の策は浮かばない。なのにどうして、あの時のあの人を思い出すだけで、震えが、止まらない。


「──落ち着け」

穏やかな声だった。頭に乗せられたのは、多分彼の手だ。そのまま優しく撫でられて、両腕の力が少しだけ緩んだ。強ばっていた指先に血が巡って、詰めていた息がほどけるように抜けていく。

「…ごめんなさい」
「ま、考えたって仕方ねぇしな。迷子は迎えがくるまで待ってたほうがいーんじゃねぇの?」
「迎えが…くるまで、」
「そ。隣の部屋も空いてるし、酒場と宿屋には俺から話してやるよ」

隣に座って彼は穏やかに笑った。それはきっとわたしを安心させるためで、彼のその優しさになんだかとても泣きたくなった。

「それで、迷子のお嬢さんのお名前は?」
「──レナ、ルイス。…お兄さんは?」

どうしてだろうか。容姿も、体格も、似ているところなんて何ひとつとしてないのに。

「ユーリ。ユーリ・ローウェル。よろしくな」

彼とあの人と重ねてしまうのは多分、きっと、まだわたしが混乱してるからだ。




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花ひらく頃、想いこがれる