面影と記憶を手繰る




「んじゃ、ちっと女将さんに話してくるわ」
「えっ、もう?」
「こういうのは早いほうがいいだろ。それとも今夜はそこで寝る?」

俺は大歓迎だけど。そう言って、わたしの座るベッドを指差した彼は悪戯っぽく笑う。冗談にしても、流石にちょっとオープンすぎるんじゃないだろうか。初対面の人間に言えるあたり、相当経験がおありのようだ。まぁこれだけ顔が良ければ選り取りみどりのつまみ放題か。
…あの人も軽薄だったけど、ユーリはそれとはまた違った軽さだ。

「そんな羽根みたいに軽い人とは寝ません」
「そりゃ残念」

ひょいと肩を竦めて、ユーリはそのまま部屋を出ていった。窓の外から町の喧騒が聞こえる。近くに川があるのだろうか、人の声に紛れて、水の音もする。ひとりになった途端、穏やかなその生活音がなぜかとても遠く思えた。平穏なこの町の中でわたしだけが切り取られたような感覚だ。わたしはなんでここにいるんだっけ。滑るようにベッドから降りて、床に座る。膝を抱えて、目を閉じた。ジルニトラから落ちた。それから気が付いたらあの平原にいた。なぜ。落ちるなら海のはずだし流れ着くのなら海岸のはず。なのにわたしが居たのは平原で。記憶と記憶が、繋がらない。あの人は無事だろうか。彼女は、みんなは。

「──ごめんなさい、」

何に謝ってるのか、自分でもわからないけど。あの時の選択を後悔してるわけじゃないのに、鉛を埋め込んだように胸の奥が重かった。



***



柔らかい風が首筋を撫ぜて、意識が浮上する。いつの間に寝てしまったんだろう。部屋は少し薄暗くて、家具の輪郭がぼやけて見える。

「はよ。よく寝てたな」

聞き慣れない声に、ユーリの部屋にいたことを思い出した。初対面の人の部屋で寝るなんて、なかなか図々しいことをしてしまった。

「…ごめん。寝るつもりはなかったんだけど」
「気にすんな、疲れてたんだろ」

そう言った彼が口に放ったのはアップルグミ。どこかに怪我でもしたのだろうかと驚いて彼を見たけれど、まるで小腹を満たすみたいにぽいぽいと頬張るその姿に脱力した。
ユーリさん、それはおやつじゃありません。
顔に出ていたのか、彼はわたしを見て笑った。

「グミ食ってそんな顔されるの久しぶりだわ」
「みんな同じ反応すると思うよ…」
「そうでもないぜ。そういう、勿体無い、って顔すんのは旅したことのある奴くらいだよ」
「…ユーリも旅、してたの?」
「旅ってほどじゃないけど、ちょっとだけな。そんときに一緒に居たやつが堅物で、さっきのレナみたいな顔してた」

言いながら、またグミを頬張る。

「…レナはどんくらい旅してたんだ?慣れてるみたいだったけど」
「そんなに長くないよ。傭兵みたいなことしてたから、回数は結構あるけど1回は短いの」
「傭兵?…レナが?意外っつーかなんつーか、あんまり似合わねぇな」
「そうかなぁ。これでも5年近くやってたし、板についてると思うんだけど」

食うか?と渡されたグミを、なんとも言えない気持ちで見る。回復以外の用途で口にするのは初めてかもしれない。

「5年…って今いくつなわけ?」
「20」
「…まじか。18くらいだと思ってた」
「それあんまり変わらないと思うんだけど」
「未成年と成人の違いは結構デカいぜ」
「…ふふ」
「なんだよ」
「前に一緒に旅してた人がね、同じようなこと言ってたから。懐かしいなって」

最後に会ったのは、なんて言えるほど、離れて時間が経ったわけじゃないのに。むしろ感覚としては離れてまだ数時間くらいだというのに、もうずっと会ってないような気持ちになるのはなんでだろう。寂しい気持ちに蓋をするように目を閉じた。

「2人で旅してたの?」
「その時々、って感じ。2人だったりそうじゃなかったり。でも、2人の時が多かったかな」
「恋人?」
「違うよ、相棒。一緒に傭兵してたの」
「へぇ。恋人じゃない男と、2人で旅ねぇ」
「…男の人って言ったっけ」

そういう反応される可能性もあるから、性別は言わないようにしてたつもりなんだけど。首を傾げれば、ユーリはニヤリと口角を上げた。

「俺と同じ思考回路してんだから、男だろ」
「2人、似てるわけじゃないのに」
「男ってとこは同じだからな」
「…そういうもの?」
「そーゆーもの」

やっぱりよくわからなくてまた首を傾げたら、わからなくていいよとユーリは笑った。




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花ひらく頃、想いこがれる