本日は小春日和というに相応しい天気である。春のぽかぽかとした暖かな日差しにより、額に汗がじわりと滲むようだ。心地よく通り抜ける風が汗を冷ましていく。
 右腕で汗をぬぐいながら、名前は雲一つ無い快晴の空を見上げる。きらきらと眩しい太陽は相も変わらなかった。あの日から、確かに時は刻んでいるというのに変わらないのだ。太陽に比べれば、私達がどんなにちっぽけで、矮小な存在であるかをまざまざと見せつけられるようで。
 手元にあった真白な洗濯物は、自作した竿に全て干し終えた。それらは穏やかな風を受け、端午の節句の鯉のぼりのようにひらひらと舞う。
 正直な話。数年前のような、穏やかな日々が送れるとは誰が思っただろうか。あの時代、皆が祈っていただろう穏やかな平和を文字通り表したような日々の生活。けれどそれはあくまで理想であって、現実を考えればただの空論、夢物語でしかなかったのだ。

「名前、」

 ザッと草履が地を蹴る音がした。口元が綻びるのを感じながら名前は振り向いた。逆光で姿を上手く捉えられない、けれど次第に近づいてきてくれるお陰でその輪郭を捉えることができた。やはりいつも通りの彼の姿で安堵する。(ここには彼以外にほとんどやってこないけれど。)

「洗濯物は終わったのか?」
「見ての通りです、今終わりましたよ!」
「よかった。そろそろゴボウが収穫時頃だと思ってな、できれば手伝ってくれないか?」

 勿論です!と二つ返事で返す。と思ったのに、何故かざわざわと背後から賑やかな声が、懐かしい声が聞こえてきて言いとどまってしまった。


「あーっ! 左之さん、新八っつぁん! それ俺の柏餅だっての!」
「わたしのあげるからねっ? 平助くん」
「千鶴ちゃん、それ僕のだからダーメ」


 ハッと勢い良く振り替えってしまう。
 ぶわりと光の粒子が風に巻き上げられ、眼前がキラキラと異次元に包まれる。そこには先ほどのような現実味が一切無くなった。遠くで彼らのはしゃぎ声が聞こえる。

―私はこの出来事を知っていた。

 あの日も、私は屯所で皆の洗濯物を干していた。ふと朝餉の時に、そろそろ端午の節句の時期だねなんていう会話をしていたのだ。千鶴ちゃんが柏餅でも作りませんかと提案してきてくれたから、いつもの御礼を兼ねてと、皆の分を一緒に作ったりして。この頃は常に笑顔に溢れていた。
 千鶴ちゃんには作りたての柏餅を皆に渡してきてもらうように、そして私自身は残っていた洗濯物を干していた。千鶴ちゃんのまわりにはワイワイと群がる男衆に囲まれてしまう。大変そうだなと横目に苦笑していた。そういえば私の側には、近くの縁側で羽を伸ばしていた彼がいて。優しさの滲む菫色の瞳に、吸い込まれてしまいそうになるのを覚えていた。


「名前? どうした?」

―…そこには先ほどと同様、はたはたとはためいている洗濯物が。

「……、」
「なっ? 名前?!」

 心配そうな声色で声をかけた彼。私の両頬は彼の両手で包むように添えられていた。私は思わず、そのままぎゅっと両の手を彼の背中に回そうとし、さらに密着した。胸に耳を寄せるとドクドクと聞こえてくる心音に、鼻腔からは太陽の暖かな匂い。生きていることを実感させる温かさがそこにはある。

「随分と懐かしい声が聞こえてきて…」

 慌てふためく彼を置き去りに、柏餅事件のこと覚えてますか?の問えば、彼はそんなこともあったなと一拍置いて、懐かしそうに目を細めた。

「歳三さん…」

 過去が積み重なって今があるのだ。勿論その中には沢山の犠牲もあった。たまには過去に目を向けるのも必要なのかもしれない。これはのうのうの生きている私達の咎である。ううん、違う、ただ。私が彼に今伝えたいのは、…。

「私、今、とても幸せ」

 人里離れた土地で自給自足のような生活を過ごすようになってから、彼の雪のように白かった肌は、日焼けにより黒くなった。手の爪先は土いじりにより、汚れるようになった。さらりと長く女性でも嫉妬するような美しい髪は、時代と日光により短く散髪し、またパサつくようになった。指先の皮はざらざらと、全体的に粗削りされ、無骨な男らしさだけを浮き彫りにした。

「…泣くな」
「うん…」

 背中に回された腕は、密着した熱は、いつかは離れてしまうのかも知れない。けれど。
 私は此の地を、今を、上を向きながら歩んでいく。

あのね。五周年記念献上
2014.05.14