閑散とした裏通りと言うべき場所か。多くのシャッター通り。そのシャッターの多くはスプレーで芸術的な落書きがされている。木枯らしが落ち葉を舞い上げると同時に、剥がれかけた看板をきいきいと音を奏でていた。人通りはもともと少なく、この薄暗い道に寄る一般人は滅多にいない。しかし名前は今ここにいた。導かれたといっても過言ではないだろう。
壁に背をつけた名前の目の前に男が一人。坊主頭にピアス、数個身体に穴を開けている。へらへらと緩めた顔に人相は最悪。誰が見ても悪人だと札を上げるだろう。
そして視界に鋭い光が反射する。掲げられたものはどう見てもナイフであった。彼はニヤリと歪んだ笑みを浮かべた後名前の首元へと突きつけた。
何故このような状態になったのかも名前は理解できずにいた。普通に帰宅していたはずだ。少し、背後の気配が気になっただけ。
ただ目の前の男に殺されそうなことと、辺りには人がいなくて助けてもらえそうにないこと。多分この先待っているのは絶望であること、などは理解できた。
街灯は遠くの方にぼんやりと光っている。
「どうして…」
「特に理由はねぇよ。目についた、其れ丈だ」
震える声で恐る恐る問いかければ返ってくるのは無慈悲なものであり、彼の理不尽な主張はあんまりだった。しかし、それは聞かなくても深層では理解していたのかもしれない。理由はなくただ運が悪かったのだと。だが実際にその事実を突きつけられると恐怖が身体を支配した。
ぐいと尚更相手と身体が密着する。分かっているよな、と粘り気を帯びた言葉が鼓膜にまとわりつく。名前の身体は硬直したように指一本すら動けなかった。瞼の裏には、夜明け頃に転がっている自身の死体が見えた。
突然ザッと何かが駆ける。しんと静まり返っていた辺りに、その音は大きく聞こえた。
名前の瞳はそれを映した。突風のようにいきなり現れたのは、黒いー犬?…いや違う。人だった。すっぽりと目深に被る黒いキャップから始まり、とにかく全身黒づくめ。
ぐぇと蛙の潰れたような声と高く乾いた音が響いた。
彼は男の背後に忍び寄り、腕を捻りあげてリネットに突きつけていたナイフを落とさせた。それからも速かった。思わず目を覆いたくなるような、鈍い音が連続して聞こえてきた。警棒で一方的に叩きつけられている姿は、さっきまでその相手に殺されようとしていたのに見るに耐えない程。こんなことが身近に起こっていることにショックを受けた反動で思わず腰が抜けてしまった。
暫くして音が止んだ。数M先には、白目を向いて倒れている男が見えた。
助けてくれたであろう彼は、なにも発せずただじっと名前をみていた。のは一瞬のことで、すぐに手元にあるスマートフォンに視線を落としていた。
口許を覆っているネックウォーマーのそいで表情は分からない。なにかを弄ったあと、一瞬にして彼は踵を返して暗闇に消えていった。
「あっ、待って…」
呟きも風の音に消え、ただ座り込んでいる名前(と暴行を受けて動けないままの男)だけが残されていた。
14.06.03