安い酒を嫌うベルナルドが、なんの訳か、安いバーにわたしを誘った。わたしは久しぶりに会えるベルナルドの誘いを断るハズもなく、誘いに乗って着いて行った。
着いた先は、安いといっても下品な店ではなく、少し小洒落たような感じで、客層も静かに飲んでいる人達ばかりだった。店内にはゆったりとしたジャズが、蓄音機から流れていた。
日常会話のような何気ない話をベルナルドとしていて、いつもより機嫌の良い声色に思った通りの「何か良いことでもあったの?」と聞けば、疲労で目の下に隈が出来ているほど死にかけたような、無理やりに作った笑みではなくて、珍しくにっこりと心から微笑んだ笑顔をベルナルドは浮かべた。
「今日はな、…アァ、ウン。良いことがあったんだ」
もごもごと濁すその口調に、わたしは深く追及してはならないことを前々から理解している。
「そっか。ベルナルドが元気になってくれて良かった」
この間、といっても数ヶ月前にベルナルドと会った時は、酷くやつれていたから、わたしはホッと胸を下ろした。
最近またごたごたした問題があったらしい。が、詳しくは知らない。
わたしはマフィア、…コーサ・ノストラの事については詳しく立ち入らないようにしている。
けれどもデイバンの、CR‐5幹部筆頭という重鎮であるベルナルドの近くにいる女、という肩書がわたしにはついてしまい。その情報が漏洩していることも、ベルナルドの部下がわたしを常に監視・護衛をしていることも気づいていた。
ベルナルドの為なら殺されたって良い。逆に、ベルナルドはいつの間にか殺されてしまうかもしれない。
わたしはいつでも死ぬ準備と、ベルナルドを見送る準備、覚悟は出来ているつもりだった。
ただ、今日は普通にベルナルドと飲んでいるだけだ。
「たまには、安酒も、…案外イイかもな!」
上手いものを少し、で充分と言っていた彼はどこへいったのか、心配になるほどに性格が変わったベルナルド。ハイペースで飲み続けたベルナルドは、案の定酔っ払っていた。
いつもは血の気の無い白い顔なのに、頬を染めている。
「コマンダンテ…」
「ごめんなさいね、彼、いつもと様子が違うみたいで」
護衛していた彼の部下がベルナルドの異常を感じてやってきた。
心配そうに様子を伺う彼に、わたしは緊張を解かせるように微笑んだ。
「いえ、―」
「俺は、大丈夫だ」
けれども彼の部下がやってきた時には、キリと素早く姿勢を正してはっきりとした言葉を紡ぐ。
「そろそろ帰る。歩いて帰るからアルファロメオは持って行ってくれ。―大丈夫だ」
上司の命令と、上司の命を晒す危険と迷っている彼に対してわたしは目を細めて笑った。
「駄目よ。このまま車で帰るの。サ、行くわよ」
「…ハニー」
「イヤだわ、人前でその呼び方で呼ばないで頂戴」
このまま放って置いたら危ないと思い、立ち上がらせ背中を押した。
お代は部下の人に払ってくれていて、わたしはベルナルドと一緒に、闇の中にぽっかりと周りから浮いたように赤く輝くアルファロメオに乗り込む。勿論後部座席だ。
部下の人がアクセルをゆっくりと踏む。わたしたちはデイバンの夜風を頬に感じながら帰って行った。
2011.07.21