吐く息が白く染まっている。手はかじかんで、指先の感覚というのがなかった。
わたしはジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、寒空の中ひとり佇んでいた。
待ち合わせの時間に遅れそうで、急いで家から出てきたのはいいものの…よりによって手袋を忘れてきてしまった。
今日は、今週で最も最低気温が低いと言っていた気がして、ポケットに手を入れていても一向に温かくなる気配はなく、ただ寒かった。
腕時計を何度一瞥したことだろうか。
約束の時間はとうに過ぎていた。
何かあったのだろうか、と彼の職を思い出し心配になる。無事でありますように。…ただ寝坊だったのなら、一発叩いてやろうと心に決めた。
1時間と12分。やっと目の前に白い車が現れてホッと息をついた。のもつかの間、見慣れた戦乙女ではないことに疑念を抱いた。
目を懲らしてみると、近寄って来る車の座席に乗っているのは全くの他人だった。わたしはイヴァンじゃないことに落胆をし、なんとなくその時の気分で分厚くなってきた空を仰いだ。
「ハーイ、姉ちゃあん。ずっとここで待ってるよなぁ」
バタン、と車のドアが閉じられた音に反応する。その音に視線をやると男の二人組がいかにも仰々しく降りてきて目の前にやってきた。
「もしかして彼氏待ってんのォ?」
「こんな綺麗な子を寒い中待たせるやつなんて彼氏なわけねぇじゃん」
「何々すっぽかされてんの。じゃさ、俺達と一緒にイイコトしない?」
「ぎゃはは!」
わたしを通して次々と進められる会話にうろたえる。さらに下品な笑い方にわたしの不快感を高めた。
「ってなわけでーお持ち帰り!」
右腕を捕まれて強引に引っ張られた。バランスが崩れそうになり、足に力を込める。
「ちょっと、…!」
「いーじゃんいーじゃん、そんな彼氏なんて捨てて俺達と遊ぼうよ」
無理やりに車に押し込められそうになった時、派手なブレーキ音を響かせてわたしの戦の女神さまはやってきた。
運転席から降りてきたわたしの王子様。いつものラフな格好ではなく、珍しく黒いスーツでの登場だった。
「俺の女に何しようとしてんだ!」
がつんと大きな鈍い音。
イヴァンが喧嘩強いのは知っていたわたしは、相手の男たちを少しながらに心配しつつそそくさと助詞席へと乗り込む。
車内は暖房が効いてきて、かじかんだ指先に血が戻ってきたみたいにじんわりと痺れた。
暫くしてイヴァンが拳を紅くして帰ってきた。
「ちょ、ちょっと…CR5の幹部さんが一般人相手にそんなこと…」
「あぁ?ただ気絶させただけだ」
「…」
わたしの不安そうな顔に気づいたのか、イヴァンはすまなさそうに眉を寄せスーツで血を拭った。
「気にすんな。俺が好きでやったことだ…、もう少し着くのか遅かったらと思うとゾッとする」
イヴァンはぽつりと言葉を零しながらアクセルを踏み、わたしは心地好いエンジンの振動に揺られシートに寄り掛かる。
暫く道路を駆け抜け、赤信号で止まった時に質問した。
「そういえばなんで遅れたの?」
凄く心配したし寒かった。
寒さで赤くなった指先を見せれば、イヴァンは片手で頭を掻きながら口ごもった。
「ねぇなんで?」
「…怒るなよ」
「怒らないよ」
わたしがしつこくイヴァンに問い詰めると、氷塊のように固かったイヴァンの口がゆっくりと溶かされた。
「上のお偉いさん方に会ってきた後お前んところに向かおうとしたら、ジジィが頼んでくっから……ロザーリアのとこにちょっと、な」
「なっ」
ロザーリアがイヴァンに盲信的な程、好きなのは知っている。イヴァンは相手にしてないことも。
けれどイヴァンを好きな女のところにやっぱり二人きりになってほしくない。年下の子でも立派な女、だ。
「ほーら、怒るじゃねぇか」
「あ、当たり前でしょう!それにわたしを寒空の下で待たせたまま、イヴァンは仲良くロザーリアといたんですね!…ロザーリアは」
「“ロザーリアはイヴァンのことが好きなんだから”ってか?いい加減聞き飽きたっつーの」
わたしは口を尖らせると、イヴァンは困ったように頭を掻いてすぐハンドルに手を伸ばした。
「待たせたのは悪かった…。でも俺は、一生お前から離れられそうにもないからな。安心しろよ」
タイミングを図ったように信号が青に変わる。
わたしは運転席のイヴァンを見つめたまま。
「そんなこと言うなんてズルいじゃない」
どう足掻いても、わたしもこの人から離れそうにもないのだから。
20110201