ドアの前には兵隊が二人いた。わたしの姿に気づくと会釈をするので、同じように会釈で返す。
執務室の扉のノックは四回。ジャンの疲れたような、そんな返事が返ってきた。
ドアを開けて名前を呼ぶと、書類に書いていた途中のまま動きが止まった。ジャンはどうしてここに、といいたげな視線を向けながら目を見開いた。

「インクが滲んでるわよ」
「…タータ!」

数秒経ってから現実であると理解したのだろうか、ジャンは座っていた椅子から勢い良く立ち上がって広げたわたしの腕の中に入ってくる。デスクに覗く、インクで大きく滲んだ書類はもう使い物になりそうになかった。
ぎゅっと抱きしめられながら頬に敬愛のキス。
ジャンの方が身長が高いためわたしが見下ろされる立場にあり、その瞳は優しく細められた。

「ジャンカルロに会いたくなって、久しぶりに来てみたの。驚いた?」
「驚くに決まってんデショ。あータータの匂い久しぶり」

深呼吸をしているジャンに苦笑をしながら、元気にしてる?と近状を聞いてみると、ジャンは大袈裟に肩を竦めた。

「ちょっと疲れた。あっのエロライオンは俺をいいように使うし、モウ大変で…」
「そう、皆と仲良くやれてそうで良かったわ」

なんだかんだいってカポ・レジームたちとは仲良くやっているのね、とジャンの親心にも似たような心境に胸を撫で下ろした。
わたしは遠い異国のお土産をジャンに手渡して、控えめに高級感が溢れてでているアンティークのソファーに腰を下ろす。

「ジャンカルロはいつになっても甘えたがりね」

巷では犬と呼ばれている彼もまるで猫のようにしなやかにわたしの傍まで移動してきた。
ソファーに横になり、わたしの太ももに頭を乗せ、うずくまるように身を縮めるジャン。
ジャンの柔らかな金色の髪を撫でる。さらさらと指が通り抜け、ふわふわな感触を一人楽しんだ。
ジャンの顔を覗き込むように俯くと、重力に従ってわたしの焦げ茶色の髪がジャンの頬に掛かった。
ジャンは片目を閉じて、くすぐってぇ、と子供のように笑いモゾモゾと身をよじった。

「カポになってから大変でしょう?…少しは寄り掛かってもいいんだからね」

ジャンのような見事な金髪ではなくとも、わたしたちは唯一血を分けた姉弟なのだから。
ジャンは重たそうな瞼を持ち上げて、「si」と呂律の回らない舌で呟いた。

「最愛の家族はタータ一人、…」
「わたしも同じよ。今はゆっくりと眠りなさい」

黄金に輝く双眼に、手を翳し光を遮った。
もともと睡眠不足だったのだろう、すぐに寝息を立てて夢の世界へ誘われていった。
手を除けると、あどけないジャンの寝顔がとても可愛かった。
この子にどうか幸せを。マフィアのカポだからって関係ない。神に祈りながら、その額に口唇を落とした。

「buonanotte」


ジャンのいる部屋はノックをしても物音がせず、ベルナルドは一言かけてドアを開ける。
ソファーで仲睦まじく眠っているデルモンテ姉弟を目撃したベルナルドは、開けたドアをゆっくりと戻した。
暫くの間はそっとしておこうと部下に人払いをさせ、くすりと微笑みながら自身の電気部屋に向かった。
微笑ましい姿を脳裏に焼き付け、今日も電話の対応に追われるのであろうと思いながら。

それはある日の昼下がりのこと。

110212