いつからだろう。
「ルキーノ愛してる!」
頭一つ分くらい違う背の低い身長の彼女に、腰に抱き着かれながらふと思う。
いつから彼女は“愛してる”だなんて大層な言葉を俺に言うようになったのは。
身長もちっこくて、更には年齢も一回りも違う、俺から言わせればただのガキだった。
「ケツの青いガキが何言ってんだ」
「〜本当のことだもん」
頭を軽くハタくと、手で頭を押さえて俺を見上げる。痛みで潤んだ彼女の上目遣いにグラッとクるハズもなく、俺は息を吐いた。
「ね、ルキーノ。あたしがもっといい女になったら考えてくれる?」
「いい女ぁ?お前じゃ無理だ、ムリ」
「そんなことないもん」
俺が速答でダメ出しすると、幼子が怒るように頬を膨らませて、彼女はパタパタと駆け足で部屋から出て行った。
ばたんと大きな音を起てて閉じられたドアを一瞥し、俺はソファーに深く腰掛ける。そして葉巻に火を点けて一服した。
俺の中の彼女な位置は、ハイスクールに通っているガキであり、当たり前に恋愛対象外。
ただ、大人への憧れを恋と勘違いしてるヤツ。
それより、自分の店の女の方が最高だろ?
煙を吐き出しながら、俺は当たり前の答えを弾き出した。
「ルキーノ!」
後日、俺のところにやって来た彼女は珍しく雰囲気が違っていた。
彼女はどう?と俺の目をじっと見てきた。
その雰囲気の違いは、珍しくメイクをしているからだ。
「アイラインがはみ出てるぞ。あとお前…グロスも、だ」
「〜!」
彼女の口唇に親指を添えると、瞳が揺れ頬が赤く染まりはじめる。
俺はそれに気づきつつ、敢えて無視をした。
いつもより黒い眼の縁。
いつもより上に向いている長い睫毛。
いつもより赤く染まった頬。
いつもより濡れたような口唇。
その様子になぜだかイラついて、舌を鳴らすと彼女は肩を揺らした。
「ガキは化粧なんかしなくてもいいんだよ」
自分から出た言葉は、意外なほど鋭利で冷たさを持っていた。
気がつけば、足早に部屋を出ていく彼女の背中を見送っていた。
自室の机にて若干イライラしながら、書類に目を通す。
「なんだ」
物音を立てずにこっそりと忍び込んだあいつは、何もいわずドアの前で佇んでいた。
その気配に気づきつつ敢えて放っておいたのだが、二十分程経っても動く気も喋る気もない彼女にこちらから声をかけた。
「ルキーノ」
か細い声に椅子を回転させて振り向けば、デコルテ見せ胸元が大きく開いているイブニングドレスを着ているあいつがいた。
今日は何かあったか、と思考を巡らせるも思い当たる節もなく。
「お前は自分の体型を考えるべきだ」
考える前に口から言葉が落ちていた。
「ガキはそんな服を着なくていーんだよ」
「…ッ」
彼女の瞳が徐々に潤んでいくのをみた。
何度も見た光景だったが、今日は汚れの知らない天使のような、透明で染まらない涙を零していた。
と、突然に彼女の右腕が視界を掠め、左頬がひりひりと痛みを生む。
「っ…あぁ?」
「わたしは、わたし、は、――」
メイクで綺麗にした顔も、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
しゃくりあげながら発する言葉は聞き取りづらい。
けれどその言葉だけはハッキリと聞こえた。
「ただ、ルキーノが好きなだけなの」
真珠の様な大きな粒を零しながら、あいつは言葉を紡ぐ。
初めてだった。
あいつに思い切り叩かれたのは。
それに、真っすぐなあいつの言葉が俺の胸にスッと染み込んだのは。
愛してるなんて大層な言葉じゃなく、ちっほけな好きという陳腐な言葉。俺にはその言葉の方があいつに似合っていると感じた。
「カーヴォロ」
踵を返していく彼女。
この間のことが脳裏に蘇る。
彼女のスカートが俺を誘うようにひらり揺れた。
なんだかここで逃がしてはいけないような気がして。
逃がしたらもう終わりな気がして。
「待て」
「…やめてよ」
「…」
「ルキーノ」
右手を掴んでぐしゃぐしゃなその顔に流れる黒い涙を拭い、引き寄せると、簡単にすっぽりと俺自身の身体に収まってしまう。
「お前は、このままで良いんだ」
首筋に顔を埋めると仄かに甘い香りがした。
これはただの執着なのか、それとも…。
この掌の温もりを無くしたくない、なんて思ってしまった自分が居た。
110616