碩老樹瞑想窟はあいも変わらず、昼夜を問わず静粛さを保っていた。
ギィ…と扉が開く静かな音ですらギルドの中に木霊する。エ・スミは瞑想中の意識をふと浮上させ、真夜中の訪問者を見る。

「…」
そこにはずぶ濡れになっていた名前がいた。薄暗いギルド内では明確に分からないが、名前の表情も芳しくないように見える。

「名前、外は雨が降っているのですか?」
エ・スミが優しく問えば、こくりと頷きが返ってくる。その間にもぽたぽたと、優しい色の名前の髪から水が滴り落ちていた。

「風邪をひいてしまいますね、とりあえずこちらへ」
この場を頼むようにと、後ろに控えているマロアールに視線を向けると、微笑み返された。
ギルド入り口から向かって右にある扉を開ける。そこはギルドマスターのエ・スミの私室である。
ベアティヌが作成した、ウォルナット材の机と、ベッド、ブックシェルフ。端には収まりきらない書物、精霊や天気、幻術に関するものが積み上げられている。簡素な部屋であった。

名前は自室の閉じられたドアの前から動こうとしない、静かに立ち竦んでいる名前に近づき、するりと頬に右手を添えた。そこから青白い光が名前を纏い、じわりとした温かさで包んだ。

光の戦士。このエオルゼアの救世主はどこに行けども崇め奉られるような、存在になってしまっていた。人々の期待、羨望、さまざまな光のエネルギーは莫大で、時として小さな身体には重荷に、重圧に、なりすぎた。
名前は押し潰れるギリギリの危うい均衡の中、時折こうしてエ・スミを訪れてくるのである。

「エ・スミさま…」
細い線のようにちょっとした衝撃で切れてしまいそうなその声はエ・スミの鼓膜を震わせた。名前の髪から落ちる水滴は頬を伝い、そして目尻から溢れる雫にエ・スミは名前が泣いているのだと悟った。頬に添えたままの右手を、涙を拭うように目元にそっと沿わせる。
長い睫毛で覆われた透き通る色の双眸が、エ・スミをじっと見つめている。ゆっくりと瞼を伏せたかと思うと、名前は少しの空間の隙間を無くすように、ぎゅっと背中に腕を回し締め付けた。肩口に顔を埋める名前に一瞬為すがままだったエ・スミは、優しく名前の背中をさすった。

* * *
自身の無力さと形容しがたい感情が頭からこびりついて離れない。言葉の刃物に刻まれてしまいそうだった。
すん、と深く呼吸をする。ふわりと微かに白檀の香り、エ・スミの匂いが名前の鼻腔に届く。接触部からの体温があたたかで、このまま溶けてしまったらどんなに幸せだろうか。そんな取り留めもないことを考えてしまった。違う、胸底で望んでいるのは、ただずっとそばにいたいだけ、だ。

「突然…ありがとうございます。もう大丈夫です。」
數十分、こうしていただろうか、名前は腕をパッと両手を離した。汚してすみませんと困ったように眉尻を下げる名前にエ・スミは言葉を掛けた。

「いつでも、戻ってきてください」
貴女の居場所はここにあるのですからね。

* * *
名前はなにも話さない、ただ自分の中で押し込んで嚥下して完結してしまうとエ・スミは毎回思っていた。
白魔法は表面的しか癒すことしかできず。飲み込むだけの感情はいつかコップから水が溢れて出てしまうだろう。
どうにか名前の力になりたいと思ってはいるのに、それは難しい問題だった。角尊であるエ・スミにはグリダニアから離れるなんてこと、それが滅多に出来ることでは無い。だからこそ勝手なことや、自分の押し付けは言えない、ただ胸を貸すことだけしかできなかった。
この時ばかりは己の使命を嘆くけれど、最終的に名前が自分の腕の中に戻ってきてくれればいい。愛おしい名前を抱きしめるのは自分だけでいいと身勝手ながらエ・スミは思ってしまっていた。

2018.05.20