憎悪が激しく燃え上がる。こんな感情を抱くことすらいけないと頭ではわかっているのに。その瞳をなぜ私に向けてくれないのかだとか、激しい感情の波に攫われた。
「このお方が次のタルン・マタラだ」
ジャレンドゥ寺院の中心に、あのバドラが着飾った衣装で現れる。
サバルによってお披露目されたソレにエイジェイが驚いた表情になるのを、わたしはただそれを遠くから見ていた。
神の子。生き神様。
昔からキラットの地に伝わるタルン・マタラの伝統。
王立軍、パガン・ミンに支配されていたこのキラットの地を、モハンの血筋を引いたエイジェイが解放までもたらせてくれた。
それにより、ゴールデンパスはサバルによって再構築されていた。タルン・マタラを廃止すべきというアミータ派に加担した人々の虐殺をも行った。
サバルのタルン・マタラ信仰は昔よりも、それも顕著に現れているような気がしてならなかった。モハンの作ったゴールデンパスという反乱軍はこのような顛末を迎えてしまって良かったのだろうか。不安は拭えないまま。しかしわたしが口を出すことはないのだ。黙ってそれに従って頭を垂れる。隣に添う。それが、わたしの、このキラットの地に生まれ落ちて、彼に添い遂げる運命とでもいえるだろう。
サバルは変わった。ずうっと隣で見てきたわたしには分かる。しばらくサバルの近くにいたエイジェイにも分かっていた。
サバルは、昔から薄っすらと狂気を孕んでいたのだろう。それが積もりに積もって表面的に現れ始めただけで。きっかけがエイジェイだとしても。わたしは彼を嫌いになることなんてできないのだから。
彼は、亡きモハンを追い求めてる。
だからこそ、夜の帳が降りてなお、この家に戻ってくるはずもないのだ。
ああ、彼女を抱いているのだろうか?
その無骨な腕で。
わたしのぐちゃぐちゃな心とは裏腹の、遠く遠くに輝くキラキラとした星たちに無性に苛ついた。わたしの、感情の、汚さを浮き彫りにするようで。
「名前…だいじょうぶか?」
「なんのこと?」
「…いや、なんでもないよ」
エイジェイは良くわたしに気を使う。それはサバルの隣にいる哀れな女だからだろうか。
悲劇のヒロインじゃない。ただ、なにか、歯車がズレてしまっただけなのだ。わたしも、サバルも、キラットの地も。
「エイジェイは、アメリカには戻らないの?」
「…そうだなあ。暫くここにいるつもりなんだが、」
「わたしは、早く帰ったほうがいいと思うわ。エイジェイにたくさん迷惑かけてしまったし。幸せな自由の国に戻りなさいよ」
遺言である母をラクシュマナに連れて行くという目的を達成したエイジェイが、最早ここキラットに留まっている理由はない。そのことを指摘したわたしの言葉にエイジェイは長いため息をついた。
「なあ名前、あんたはそれで辛くないのか?」
「…」
エイジェイの言葉に、刺されたようにじわりとココロが痛くなった。ちらりと一瞥したのはジャレンドゥ寺院の方角。
「どうなのかなあ、分からないや…」
星空を仰ぎながら呟いた言葉は微かに震えていた。
ただ言えるのは、パガン・ミンがキラットを支配していた時代の時のほうが、わたしは良かったのかもしれないと感じていること。
私はどこかで、この穏やかな日々が壊れるのを、壊してくれるのを望んでいるのかもしれない。
嗚呼、アミータ。貴方はこんなキラットの姿を想像できていたのかしら。
どうしようもなく無力なわたしは、詰め寄ることも逃げることもできずに、ただ時代に流されていくだけ。踏み出す勇気なんてものは持てなかった。
20150531