太陽がちょうど真上にいるころ。インソムニアの王宮の廊下は騒がしかった。
きゃあきゃあと子供特有の甲高く喜ぶような声の後を、長い髪を揺らしながら名前を呼び追うのは名前だった。そんな名前とすれ違う王都警備隊のメンバーたちは、その姿を見て彼女に温かい視線を送っていた。

ノクトが通路を曲がり、名前の視界から一瞬消えたところで、悲鳴が聞こえた。名前は息を呑み急いで駆けつける。

「ノクト?!」
名前の眼前に尻餅をついていたのはノクト、にぶつかったのはルシスの一国の主であり、ノクトの父親であるレギスだった。

「ノクト、怪我はないか?」
「パパ!」
片膝をついて、ノクトの側で微笑むレギスを見つめながら、名前は困ったように眉をひそめた。背後には宰相のクレイラスが控えており、呆れたように息を吐いた。
「レギス、様。」申し訳ございません、と名前の次に続いた言葉の語尾がすぼんでいく。全身でレギスに抱きついていたノクトが不思議そうに、背後の名前とレギスの顔を交互に見比べる。頬を餅のようにぷっくりと膨らませながら、ノクトは舌足らずの言葉で発した。

「名前をいじめちゃ、だめっ」
「ノクト、私はイジメられてないのよ」
名前は膝をついてノクトに目線を合わせる。膝においていた両手を広げ、目を細めて微笑むと、ノクトは名前の胸元へと飛び込んできた。ぎゅっと温かく小さい身体を抱きしめ、そのまま立ち上がる。

「そうだ名前、あとで執務室へ来てくれ」
「はい、レギス様。…では失礼します」
澄んだ琥珀の瞳に吸い込まれてしまいそうになった。名前は一呼吸して、ノクトに語りかける。

「それじゃあお部屋に戻ろっか」

* * *

荘厳なドアを目の前にすると、いつもの事ながら名前に緊張が走る。ゆっくりとドアを叩き名前を告げると、内側から声がかかった。
中に入りドアを閉めれば、机に向かってなにやら重要な書類に目を通しているレギス、一人しか居なかった。

「レギス様、お呼びでしょうか。」
「今は…。やめてくれないか。」
疲れたようなため息を含み、レギスは凝らすように見ていた手元の資料から視線を外し、名前へ移した。絡まる視線に名前は耐えながら、カツカツとヒールを鳴らしてレギスの近くへ歩み寄った。

「…レギス。」
机を一つ隔てたところで、名前の呼び直す名前には愛しさが篭もる。

「ノクトは?」
「今は寝てるわ。貴方の子供は元気がありすぎるくらいね」
名前の言葉には笑みが含まれている。眩しいあの過去を思い出せば、何故だか涙が出てきてしまいそうで、名前は眉頭に力を込めた。

「本当に、貴方の小さい頃を思い出す」
「名前、いつもありがとう」
「いいの、私にはーー」ううん、何でもない。
名前は思い立って咄嗟に口をつぐむ。
何十年経ったところで、言えない言葉があった。それは呪縛のように解かれることはないのを名前は知っている。名前に与えられた最上は、今のこの位置であり、側に控えられる幸せはこの上ないことなのだと。

「貴方に感謝されるだけでもう十分の幸せだわ、レギス様」

20170115