恋衣に包まれて
スタッフ「順番に着替えてメイクしてもらってください」
「「「はーい」」」
そんなよくある風景が一変したのは、ついさっきのこと。俺の後ろに立ったメイクさんに「よろしくお願いします」と挨拶しようと鏡越しに視線を向けて言葉を失った。
「よろしくお願いします」
そう言って笑う女性は、どこかあの子に似てたから。
阿部「あの、お名前伺ってもよろしいですか」
「荒木田です」
阿部「え!? やっぱり、あの、荒木田陽葵さんですか?」
苗字だけ同じな他人の空似かもしれないけど、でも何故か俺は彼女が彼女である確信があった。俺が名前を呟けば彼女は首を縦に振って頷いた。
「その荒木田陽葵です。久しぶりだね、亮平くん」
やっぱり彼女は彼女だった。俺の記憶よりも何倍も大人っぽくなってて、綺麗になってた。でも、笑った時の顔とか、雰囲気は昔から変わらない。
「あ、今は亮平くんって呼んだらダメだよね。失礼しました、阿部さんって呼ばなきゃですね」
阿部「ううん。嫌じゃなかったら昔のまま、亮平って呼んで」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて。亮平くん、目瞑って」
阿部「ん」
ぽんぽんと器用にメイクされていき完成系へと近づいていく。五感が研ぎ澄まされて、小さな衣擦れとか彼女の吐息とかを感じとってしまう。ああ、うるさいな、俺の心臓。
「もう目開けても大丈夫だよ」
阿部「おー、すごい。今日いつもよりいいかも」
「褒め上手だね」
阿部「そんなことないよ」
そこで途切れる会話。次のメンバーを呼びにいくのに立ち上がって、でも動けずにいた。
連絡先聞きたい。でも急にこんなこと聞いて引かれたらどうしよう。躊躇って、でも彼女の顔をじっと見てたら「何かついてる?」なんて的はずれな質問を投げかけられた。
阿部「連絡先、教えてもらってもいい?」
「え? あ、うん。スマホある?」
阿部「あ、楽屋だ」
痛恨のミス。「取ってくる!」と残して走って楽屋へ戻る。急いでスマホを持ってまた楽屋へ戻る。後ろからふっかの声が聞こえた気がしたけど気にしてる暇はない。
阿部「お待たせ」
全力疾走したせいで息が上がる。少し驚いた顔の陽葵ちゃんがくたりとその目を細めて笑った。
「QR読み込むのでいい?」
阿部「あ、うん」
友だちの欄に陽葵ちゃんの名前が刻まれる。嬉しくて、照れくさくて、言葉にできない感情を笑顔に変えれば、彼女も同じように笑った。
深澤「あらあら〜」
阿部「ふっか!?」
深澤「ごめんごめん、お邪魔だった?」
阿部「は、はあ!?」
「あ、深澤さん。次、メイク入られます?」
メイクルームの前でにやにやと笑ってこっちを見つめるふっか。ああ、なんてタイミングなんだ。どうしよう。一生懸命思考を回転させても、上手く答えは出てこない。
深澤「大丈夫。誰にも言わないから」
ふっかは俺にだけ聞こえる声でそう呟いて「お願いしまーす」とさっきまで俺が座っていた椅子に腰掛けた。
「目、瞑ってください」
深澤「はーい」
何食わぬ顔で仕事を始める陽葵ちゃんの背中を見つめていると、鏡越しに彼女と目が合った。「あとでね」と口パクで呟き、彼女は小さく手を振った。