夢の直路の前の現


佐久間から借りた漫画に目を通して言葉を失う。
ハードルが高い。こんな大胆なこと出来てたらもうグイグイいけてるわけで、こんなことで悩んでないんだよ。しかもすぐ幼馴染とか何年越しの壁を越えてくる。……こんなにもだもだしてるのは世界中でも俺だけなのかもしれない。そんなふうに思えるほど、少女漫画は展開が早かった。

阿部「はぁー……、難しいなぁ……」

本を置いて、ソファに凭れる。スマホが音を立てて、何かを教えてくれる。見れば、それは陽葵ちゃんからの誘いで、思わず飛び上がった。

『また、近いうちにご飯行かない?』

突然の誘いに急いで返事を打った。でも手が震えて、誤字がひどい。打ち直してるうちに『ごめん、忙しいよね……!』と返事が来てしまう。
もどかしくて、思わず電話マークを叩いた。数コールの後に「亮平くん?」と彼女の声が響いた。

阿部「あ、ごめん。あの、電話した方が早いかなって思って」
「たしかに」
阿部「それで、あの、仕事はあるけど、絶対予定合わせるんで、その、俺とご飯行ってください……!」

うるさいくらい心臓が鳴って、彼女の返事を待った。その答えは思っていたよりも早く返ってきた。

「うん。ぜひ、お願いします! いつ頃だったら都合いい?」
阿部「え、あ、来週の、木曜の夜とか?」
「あ、私もその日休み」
阿部「え、本当!?」
「うん」
阿部「じゃあ、その日。何食べたい?」
「うーん、和食とか?」
阿部「和食ね。いいところあるから、また俺の行ってるとこになっちゃうけど、いいかな?」
「うん。むしろ亮平くんの負担になってない?」
阿部「大丈夫!」

話しただけでぽんぽんと物事が決まっていく。彼女の優しい声音が心地よくて、約束を終えた後でも電話を切るのを躊躇ってしまう。ずっと聞いてたいってわがまま。でも、もう夜も遅いし、おやすみって言わなきゃいけないよな。

「亮平くん」
阿部「ん?」
「眠い? 遅くまで話しすぎちゃったかな」
阿部「あ、いや、ううん! 俺は大丈夫!」
「そっか。ふふ、私もつい楽しくなっちゃって」
阿部「俺も楽しくて。ごめん、こんな遅くまで付き合わせて」
「ううん、大丈夫。亮平くんと話すと元気出るから。明日もお仕事頑張れそう」
阿部「俺も……!」
「ふふ、嬉しい。じゃあ、また来週の木曜日ね」
阿部「うん。仕事終わったら連絡する」
「はーい、楽しみにしてるね。おやすみ、亮平くん」
阿部「おやすみ」

通話が切れて、ツーツーと虚しい機械音が響く。いつだったか康二がこの音苦手って言ってたような気がするけど、なんだかその理由がわかる気がした。ずっと繋がれていた糸がぷつりと切れるような、そんな寂しさに襲われる。そう思っていたのもつかの間、彼女から送られてきた『おやすみ』の言葉とスタンプが少しだけ俺の心を癒してくれた。