待つ宵に霧る
あの日から、陽葵ちゃんとは会えてない。
仕事行っても別のメイクさんしかいなくて、また今日も会えなかったが続いてる。
……脈なんてなかったんじゃないか。俺なんかじゃ、陽葵ちゃんを幸せには出来ないんじゃないか。
そんな不安と勢いで告白したことへの後悔とが押し寄せて、深くため息がこぼれる。
スタッフ「お疲れですか?」
阿部「あー、いや、その……」
スタッフ「毎日お忙しいですもんね。まだ時間ありますし
良かったら少しお休みになりますか? 後で呼びに来ますよ」
阿部「え……、でも……」
スタッフ「演者さん何人か渋滞につかまってるみたいですし」
阿部「あ、そうなんですね……」
そう言ってスタッフさんは控え室を出た。予定よりも早く打ち合わせを切り上げてくれたことに少しだけ感謝して、控え室のテーブルに突っ伏す。目を瞑っても考えることはひとつ。陽葵ちゃんのことだけ。
会いたいな……。会って、ごめんって謝りたい。友達でもいいから、また俺の前からいなくなるなんてこと、しないでほしいって、女々しいこと考えて。
阿部「……ん」
「あ、起きた?」
阿部「え! うわ!?」
「何、その幽霊でも見た顔」
阿部「いや、え、陽葵ちゃん……?」
「うん、そうだよ?」
この間のことなんてすっかり忘れたみたいにあっけらかんとしている彼女。俺はというと寝起きなのと驚いたのとで頭が混乱していて上手く言葉も出てこない。ただぱくぱくと口を開閉して、まさに彼女が言った通り、幽霊でも見たような反応をしてしまってる。
阿部「ごめん、変なリアクションして」
「ううん。疲れてるって聞いてたし……。大丈夫?」
阿部「あー、うん。大丈夫」
へらりと笑ってみせるけど本当は嘘。疲れてる、ってことよりも、彼女と出会ってしまったことに驚いて何も言えないでいることがある種ストレスになっていて、体を蝕んでる気がする。
「大丈夫じゃないでしょ。亮平くんの嘘つき」
むっと膨れる彼女に思わずぽかんとした表情を浮かべてしまう。なんで分かるんだろう。……俺は全然、彼女の気持ち、分からないのに。
「少しだけ、私の話に付き合ってくれる?」
阿部「え? ……あ、うん」
「……私ね、昔好きな子がいたの。小学生の頃だけど」
照れ笑いを浮かべる彼女にちくりと胸が痛む。それがたとえ過去のことだとしても。
「両思いになることが必ずしも幸せに繋がるわけでもないって大人になって知ったときのなんとも言えない感じってどうも言い難いよね」
何が言いたいのか、何となくわかった。分かったけど、分かりたくなかった。
「私と亮平くんは、きっと上手くいかないよ」
阿部「それは、それはやってみないと分からないんじゃない?」
「……分かるから、こうして言ってるつもりなんだけど」
阿部「じゃあ、どうして、そう思うか教えて。俺が諦められるくらいの理由教えてよ」
そう言うと彼女は言い淀んで宙を見上げた。
「女の勘、それじゃダメ?」
阿部「ダメ」
「ふふ、だよね。……所詮私は一般人で亮平くんは芸能人だから、生活だってすれ違うし、外に出かけることすらままならないし、綺麗な女性はこの世界に沢山いるから心移りだってしてもおかしくないし、それに……」
阿部「それに?」
「……あ、ううん。なんでもない」
阿部「言って。なんでもいいから。隠さないで」
「とにかく、私じゃ亮平くんとは釣り合わないし、上手くいかないよ」
くたりと笑って、彼女は言葉を切って部屋を出た。入れ違いに別のスタッフさんが入ってきて「演者さん揃ったのでお願いします!」と俺をスタジオへと案内した。