※矢花くん視点
「伊織ちゃんって彼氏いんのかな」
「ジャニーズって、恋愛ご法度なんでしょ? 伊織ちゃんもその対象なの?」
「俺もジャニーズに入ってたら雨宮さんとお近付きになれたかなー」
最近、興味本位でそんな話を聞いてくる輩が増えた。適当に返事をして誤魔化してた。てか、そんなこと俺に聞いてどうする。そんな精神でジャニーズになれると思うな。てか伊織ちゃんと付き合うってなると、ジャニーズ以外の壁も何重にも厚くて大変だと思う。例えるなら、ゾルディック家のあの門みたいな感じ。力あるものにしか開けませんって感じの。
ある日、ついに、俺はある現場に不幸にも立ち会ってしまった。
「雨宮さん、好きです。俺と付き合ってください」
「……え?」
うわー、今すぐ消えたい。ほんと、近道だっただけなんです。ここ通ったらレッスン室まで近かっただけなんです。建物の陰からちらと覗き見れば、伊織ちゃんと、どこの誰だかもよく分からない男子が二人きりで向かい合っていた。
「ごめんなさい」
伊織ちゃんはあまりにもばっさりと彼の告白を断っていた。いや、いいんだけどさ。ここで「はい、よろしくお願いします」なんて言った日にはそれはそれでびっくりするしね。
「あの、どうしても、ダメ? お試しとか、そういうのでもいいんだけど」
「ごめんなさい。私、あなたのことよく知らないので」
「これから知っていけば良くない? 俺のこと、なんでも教えてあげる」
「ごめんなさい。私、やらなきゃいけないこと、たくさんあって、だから、あなたに割く時間ないです」
言い方よ。どストレートで分かりやすいけどね。それにしても言い方よ。俺が一般男性だったら(ジャニーズJr.ってことを除いたら一般男性だけど)、絶対ショック受けるよ、その言い方。まあそこが伊織ちゃんらしいっちゃらしいんだけど。
「……こっちが下手に出てるからって、調子乗ってんじゃねえぞ」
やばい。男が豹変した。助けなきゃ。そう思うけど、ひょろひょろで腕っ節に自信もない俺に何が出来るのか。
「私を殴っても、何も成し得ませんよ」
凛とした声は零雨のように静かに彼に語りかける。その言葉ひとつで彼は動きを止めた。それでも彼は手を握ったまま解かない。いつ殴られてもおかしくない状況で、伊織ちゃんは静かに笑った。
「好きになってくれた、気持ちはとても嬉しいです。でも私はアイドルなので、誰の好意も過度に受け取ることはできません。だから、ごめんなさい」
深々と頭を下げて彼女は彼を見た。彼はぽかんとしていたけど、少しして毒気を抜かれたのか、がしがしと頭を掻きながら去っていった。
黎「伊織ちゃん」
「わ、れーくん。いつからそこにいたの?」
黎「ごめん。わりかしずっと」
「恥ずかしいところ、見られちゃった」
黎「いや、まあ、びっくりしたけど。てか、殴られそうになったのに、助けられなくてごめん」
「殴られてないから大丈夫。それに、れーくんが出てきたら、そっちの方が心配」
くしゃりと笑う彼女はいつもの彼女で。その明るさに内心深く感心した。でもよく見たら、彼女の手は少しだけ震えていて、怖かったのかなって勝手な解釈をしてしまう。
「れーくん今空きコマ?」
黎「え? うん」
「じゃあ一緒にご飯食べよ」
黎「え?」
「お腹すいちゃった」
そう言って彼女は俺の服の裾を引いた。ついいつもの調子で困ったように笑って、俺は彼女の後を着いて行った。後でコンビニでプリンでも買ってあげよう。そのくらいしか、出来ないけど、そのくらいはしてあげたいから。