※克樹くん視点
今日は次に少クラで発表する曲の練習。稽古場に集まって、準備を始める。まだ伊織と嶺亜と琳寧は来てないらしい。嶺亜たちはともかく伊織は基本誰かと来るはず。まあ、来る時は大概矢花となんだけど。だからちょっと珍しいなーって思っちゃった。
琳寧「お疲れ様ー」
嶺亜「おつかれー。あれ? 伊織は?」
克樹「あれ? 嶺亜たちと一緒じゃないの?」
大光「いないけど」
大輝「矢花」
黎「え、俺?」
大輝「大学一緒だし」
黎「いや俺も知らないですよ」
誰も伊織の行方は知らなかった。マネージャーに確認しても「今日は仕事入ってないよ」って。そうすると考えられるのって……。
克樹「あ、もしかして。……ああ、そうかも」
琳寧「何何? 伊織どこ行ったの?」
克樹「あくまで推測なんだけど……、もうすぐバレンタインじゃん? だから、今年何作ろうかなってレシピ本買いに行ったとか」
琳寧「ええっ」
まさかぁ、なんてみんなで笑ってた。でも遅れてレッスン室に入った伊織の手には本屋の紙袋が握られてて、もしかしてと期待が強まってしまう。
「遅くなりました〜!」
大光「おせーよ」
「ごめん! ちょっと本屋さん寄ってたら遅くなっちゃった」
嶺亜「まさか、まじで克樹の言ったこと当たってたりして」
琳寧「まだ料理本って決まったわけじゃなくない?」
黎「いやでも伊織ちゃん、けっこーそういう本買うよ」
琳寧「え、そうなの?」
黎「お菓子の本とか、そういうサイトとかよく見てる」
そんな矢花の言葉に男達が全員生唾を飲んだなんて、伊織には絶対知られたくない。
素知らぬ振りをして練習をして、その日は解散。嶺亜は今から仕事で、琳寧はジムに行くらしい。他は直帰。もちろん伊織も。
克樹「送ってく」
「え、いいの?」
克樹「うん」
伊織と一緒に変える権利は基本早い者勝ちで、今日は珍しく俺の勝ちだった。大体いつも大光とか嶺亜が多いけど。たまにこんぴとも帰ってたりする。
「寒……!」
克樹「コンビニ寄る?」
「寄る……!!」
ぴゃー! っと近くのコンビニに駆けて行った伊織の背中を追いかけて、俺もコンビニへ入る。伊織と2人で帰る時はいつもそう。こうして内緒のご褒美タイムを作ってる。「かつきと帰る時はコンビニ寄れるから嬉しい」って前に伊織が言ってたから、きっと俺と伊織だけの特別なんだと思う。
「冬は中華まんが美味しいよね」
克樹「たしかに。……食べたくなってきた」
「かつき、どれ食べたい?」
克樹「うわ、迷う。でも気分的にガッツリ系! 肉まん!」
「じゃあ、私チョコまんにしようかなぁ」
買ったばかりのほかほかの中華まんを片手に帰路に着く。「寒いけど温かい」なんて不思議なことを言う伊織のこと笑ったけど、分からなくもないような。
食べ歩きに慣れてないのか歩く速度が格段に遅くなる伊織。歩幅を合わせるためにじっと彼女を見てたら「食べる?」なんて斜め上の言葉が返ってきた。
克樹「たーべー……ます!」
「ふふ、はい、どーぞっ」
間接キス、って思ったのは口の中にチョコの味が広がった後だった。うわ、気付かなきゃ良かった。「私も、ひと口もらってもいい?」なんて何も気にせずに話す伊織に肉まんを差し出すと、俺なんかよりもずっと小さな口の痕が残った。
「んふふ、おいひい」
凄く幸せそうに笑う彼女。間接キスとかどうでもいいこと考えてた自分が恥ずかしくなって、肉まんにかぶりついた。
「今年これにしようかなぁ」
克樹「ん?」
「ふふ」
ぽつりとこぼされた言葉の真意は分からないまま彼女を家まで送り届け、悶々とした気持ちで帰路へ着く。
それから数日して迎えたバレンタイン。伊織は今年もバレンタインチョコを用意してくれてた。
「おうちで食べるんだよ。レンジでチンしてね。できる?」
大光「馬鹿にしてんのか」
「してないよ! 一応聞いただけ!」
そう言って手渡してたのはチョコケーキ。ガトーショコラ? いや、でもチンしてってことはフォンダンショコラ?
「はい、かつきもハッピーバレンタイン!」
克樹「ありがと」
「フォンダンショコラだから、チンして食べてね」
克樹「ん、分かった」
「この間かつきと食べたチョコまん、作ろうと思ったんだけど」
ああ、あの時言ってたのってもしかしてそれ?
「コンビニのあの機械、どこで買っていいのか分かんなかったんだよね」
克樹「それでフォンダンショコラ?」
「うん! 中からチョコ出るのいいなぁって」
克樹「なるほどね」