臆病者の恋

高校生の頃の俺はそれはもうモテた。派閥ができるくらいモテた。それなのに、28になった今の俺は好きな子ひとり、振り向かせることが出来ないでいた。あの頃のモテていた俺はどこへ行ったのか。見る影もない。……いや、そこまで悲観的になる必要もない。好きな子には振り向いてもらえてないけど俺だって今をときめくアイドルグループの1人ですから。いやまあ、好きな子もアイドルなんですけど。俺と同じグループにいるんですけど。

「男装名〜、今日飯行かない?」
「いいけど、こないだも行かなかった?」
「いいじゃん。男装名と飯食うの好きなの」

友達になる前に仲間になった。好きになる前に特別な存在になった。だから恋愛なんてものでこの関係が壊れるのが怖かったのかもしれない。意外と臆病なんだ、こう見えて。

「今日は何食べんの?」
「ラーメン」
「却下。今日は和食の気分」
「えー、どこ行く?」
「ふっかんち」

え、男装名からそんなこと言ってくんの初めてじゃない?

「いいけどなんで?」
「ふっかの食生活が心配になって。俺作るから」
「マジで!?」

千載一遇のチャンス。思いがけない提案に思わず口元が緩む。

「んじゃスーパー閉まる前に帰ろ」

急いでスタジオを出て閉店間際のスーパーへと駆け込んだ。24時間営業のとこ行けば良かったかな、なんて後で後悔した。まあなんか足りなかったらコンビニで調達するか。

「ふっかんち何ある?」
「んー、何もないかも」
「りょーかい」

男装名が食材を買い込み、俺が荷物を持つ。ご飯作ってもらうんですからね、そのくらいしないと。
そういえば男装名が俺ん家来んの初めてじゃない? ああ、変に意識しそう。好きな子が自分の家で自分のために料理してくれるなんてシチュエーション、男が嫌いなわけないでしょ? 嫌いな人がいたら名乗り出てきてほしいくらい。

「何そんな見てんの」
「見るでしょ、男装名が料理してんだもん」
「何それ。てかふっかってそういうの興味無いんだと思ってた」

くすくす笑いながらも料理を作る手は止まらない。さっき買った食材があっという間に料理へと変わっていく。たしかに、他の人のだとそんなに興味は湧かなかったかもしれない。相手が男装名だから、特別なんだと思いたい。

「どう?」
「ん、美味い」

美味い。あと凄い幸せ。男装名が俺のために、俺のために! 作ってくれた肉じゃがやら味噌汁やらだし巻き玉子やらがずらっと食卓に並んでるの。結婚したらこんな感じかなとか段階をいくつも飛ばして先のこと想像しちゃってニヤニヤが止まんない。
特に何も話すことなく黙々と飯を食い続ける俺と男装名。いつもこんなだからお互い特に気にもしてないけど。

「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「え! ゲームしてかないの!?」

飯作ってくれたお礼に片付けは全部俺がやった。片付け終わったら一緒にゲームしようと思ってたのにまさかの帰る発言に驚きを隠せない。まだ終電まで時間あるし。

「明日早いじゃん」
「ちょっとくらいなら大丈夫っしょ」
「っていってまた日付変わるまでやっちゃうじゃん」
「んふ、それはある」
「帰りまーす」

じゃ、と片手を上げて帰ろうとする男装名。え、まじで帰んの? 気づいたら俺は、彼女の腕をぐっと掴んでいた。

「帰んなよ」

思いのほか力が強かったらしい。男装名を引き寄せてしまった。俺の腕の中にすっぽり収まった男装名を逃さないようにぎゅっと抱きしめる。

「あー……、あのさ、好き、なんだけど。俺のことだけ見て?」

ドラマみたいな展開なのに、言葉は上手く出てこなかった。ドラマ班なのに。でも、これが俺の本気。
暫く沈黙が続いた。男装名と一緒にいて沈黙が辛いなんて思うの、出会ってすぐの頃以来かもしんない。
ようやく振り向いた彼女の顔を見て、思わず笑ってしまった。「いつから?」そう聞くよりも前に俺は男装名に口付けた。




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「今日帰んなくてよくない?」
「帰るよ。今日は帰る。明日10人でロケだし。同じ服着てたらすぐ分かんだから」
「俺の服貸すって」
「ふっかの服なんか着てたら余計にでしょ」
「あ、名前〜。2人のときはふっかじゃなくて?」
「あ……。辰哉」
「んふふ、正解。ってことで今日は泊まっていこうね〜。たっぷり甘やかしてあげるから」