傷心
午前0時。マネージャーに送ってもらって家に帰る。茉白はもう帰ってきてるはず。それなのに……。
「ただいま」と呟いても返事がない。電気もついてない。……まだ帰ってきてない? そんなことを思いながら電気をつければ、ソファに寄りかかって泣き崩れている彼女を見つけた。
岩本「茉白!?」
「……っ、あ、ひー、くん。……おかえり」
へにゃ、と困ったように笑う彼女はどこか痛々しくて、壊さないようにぎゅっとその体を包み込んだ。
岩本「なんかあった?」
「……ん」
彼女は、ぎゅう、と俺の腰に腕をまわして「……仕事、上手くいかなかった」ってぽつりと言葉をこぼした。
「今日ね……、んー……、雑誌の、お仕事だったの……」
岩本「へぇ」
「記者さん、と、上手く、お話できなかった……」
岩本「そっか……」
もぞもぞと動いて、また俺を抱きしめる。こんな弱ってる彼女に申し訳ないけど、可愛くてしょうがない。骨が軋むくらい強く抱きしめたくなる。
「いろいろ、聞かれるんだけど、全然関係ないことも、聞かれて……、そういうの、上手く対応できなかった……」
岩本「何言われたの」
「……彼氏いるのとか、プリキュアのオーディション、実は枕だったんじゃないとか。インタビューは、終わってたから、オフレコで、しかも私にしか、聞こえないくらいの、ボリュームで」
岩本「は? 何それ。どこの記者だよ。そんなの、上手く対応できなかったって茉白が気にすることじゃないから。完全に向こうがおかしいから」
大粒の涙を目に浮かべて、しゃくり上げる彼女。ちょっと痛いかもしんないけど、力強く抱きしめて「大丈夫」と何度も繰り返した。聞けば、全部ひとりで抱えてたらしく、マネージャーにも言ってないという。
岩本「スマホ貸して。マネージャーに言う」
「でも、でもひーくん……」
岩本「茉白は悪くない。それに、そんな奴がまた茉白に近づく可能性があるなんて耐えらんないから」
そう言って彼女のスマホを借りる。マネージャーは女性で、茉白の彼氏ですと言えばすぐに納得して話を聞いてくれた。今日茉白がされたことを話せば「分かりました。ありがとうございます」と怒りに震える声で返された。
岩本「ごめん。守ってあげられなくて」
「……そんなこと、ない。私が、弱かったから、マネージャーさんにも、ひーくんにも、迷惑かけて」
岩本「迷惑なんて思ってないよ」
彼女の額に、瞼に、頬に、唇に、キスを落としていく。安心して、俺は茉白の味方でしかないから。今すぐにでも相手の記者をぶん殴りたいくらい。
「ひーくん……っ」
岩本「何?」
「ひーくん、ひーくん……」
岩本「俺はここにいるよ」
「ありがとう……、ごめんね……」
岩本「謝らないで。……ん、目赤くなってる」
今度は目尻に口付ける。今日くらい、甘やかされまくって、溶けるくらい俺に愛されてほしい。
「ひーくん……」
岩本「何?」
「……おなかすいた」
くぅ、と小さく彼女のお腹が鳴る。照れくさそうに笑みを浮かべる彼女に「何食べたい?」って聞く。大したもの作れないけど、でも茉白の食べたいものを作ってあげたい。キッチンへ行こうとしたら「ひーくん」と甘えた声で名前を呼ばれて、こんな状況なのに嬉しくなってしまう。
「行かないで……」
岩本「ん、分かった」
「ぎゅってして」
岩本「んふ、離せないけど」
「離さないで……」
痛いくらい抱きしめて、何をするにも彼女を連れていったし、着いていった。介護に近いくらい、彼女を甘やかして、愛した。ベッドに入ってぽんぽんと彼女の頭を撫でれば「ありがとう」と優しい声が洩れた。いいんだよ、お礼なんて。まだ足りないくらいなんだから。
頑張ったね、なんて言葉を飲み込んで彼女に口付ける。明日には茉白の気持ちが少しでも晴れてますように。