確かに何度も死にそうになったし、何度も旅を抜けようとも思った。でも抜けなかったのはただ一人の為だった。悪質ギャングの元でやりたくも無い仕事をしていた時に助けてくれた恩人。それがソルジャーだと名乗った彼と一緒に旅をしていた花売りの女の子だった。最低最悪なギャング達に散々こき使われて最終的に捨てられた私を助けてしかも成り行きとは言え旅のメンバーに加えてくれて、旅の途中も色々気にかけてくれて優しくされたらそりゃ好きになってしまうだろう。
そして今日はソルジャーさんに付き添ってもらって、その花売りの女の子の育てていた花畑を訪れた。晴天でそよぐ風だけが心地よかった。心はずっと痛いのに不思議と涙は出なかった。私はもう少しここにいるから先に帰っててと言って一人になる。目の前から去って行く後ろ姿を見えなくなるまで見届けて目を閉じゆっくりと息を吐き出す。
そよいでいた風が止んだ。
暖かい日差しと埃と花の匂いが無くなり、嗅ぎなれない石鹸のような形容しがたい匂いが漂った。誰かがシャボン玉でも始めたのかと目を開くと、目の前には見慣れないガラスが格子状に嵌められた大きな窓?ドア?が合った。その事に呆然としていると後ろから人の気配がした。
「えぇ、土足……」
聞き覚えのない声に振り向くと、木製のドアに手をかけている声からして男の人が居た。ひょろっとしていてガリガリまでいかないが、細身のお世辞にも強そうでは無い男の人。ダボッとした服を着ていて髪の毛を緩く纏めているけど、あまり見ない格好をしているなという感想。彼もあからさまに眉間を寄せて凄く嫌そうな顔をしている。あまりこの人は悪そうな感じはしないけれど一応万が一に供えて、武器を出して攻撃されても対応出来る様にしておく。
「ここは、どこなの…?」
「……おれの家、だけど」
「家?ここが?」
「失礼だな」
取り敢えず靴脱いで、と私の足下を指さす。え、何故?彼の足下を見るとズボンの裾がゆるゆるで見えづらいけど、彼も素足でいた。いや、なんで?と思ってしばらくジッと睨み付けていたけど、相手も嫌そうな顔のまま私をジッと睨んでくるから私は押し負けて渋々ブーツを脱いだ。脱いだブーツを彼に差し出すと、「そっちにおれの靴があるから並べて置いて」と指示される。内心「い゛ぃ゛〜〜〜〜!!!」と思いつつもその指示に従う。
「それで君はどっから来たの?」
部屋に通されてひっっくいテーブルにクッションを置かれて、対面にもう一つクッションを置いてそっちに彼は躊躇いなく座った。テーブルに体を突っ伏して質問をしているのはそっちなのに、まるで聞く気がない態度。室内で地べたに座るなんて変わってるし、部屋の内装も一般的な民家とは違って何か変。
「…元いた所は、伍番街の教会だったけど」
「何それ、どこの教会?」
「スラムの教会!友達が花を育ててたの」
「は?スラム?」
「こっちこそ、は?なんだけど。もしかしてここお金持ちばっかりの所?」
私がそう尋ねると、さっきの比じゃない位顔を歪めて、かろうじて上がっていた顔がとうとう突っ伏してしまった。何なんだ。
「今のコスプレって設定まで忠実に
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「だいじょばない…むり……」
怒涛に喋り出したかと思ったら、突っ伏したまま動かなくなってしまった。言ってる事はまるで分からなかったし、彼をどうすれば良いのか分からないし、このクッションに座れば良いのかも分からない。けれど見下ろしているのもちょっと居心地悪いかなと思って、彼と同じ様に足を折って座ることにした。このクッションぺたんこであまり座り心地は良くないけど。
「…ねえ、取り敢えず名前を教えてくれない?」
「いいですけど。私はなまえ・みょうじです」
「はあ…、うん。おれは孤爪研磨」
「ため息は失礼。何なんですか、さっきから。というか帰っても良いですか?」
私がそう言うと彼は凄く微妙な顔をして「止めないけど」と言って板状の機械を取り出してマップを見せてくれた。プレート上層の高級住宅街なのかなと思っていたけど、建物の造りというか、町並みが少し違和感があると言うか、ここはどこ?
「あー、ねぇ。ここは何処に近い町なの?」
「えっと、ここは日本って言う国の、東京って言う都市。かな」
「知らない国だ…。え、でも。ここってテレポ出来る場所ある?」
「テレポはちょっと出来ないと思う、というか多分世界が違うと思う…」
この人は何を言っているのか理解に少し時間が掛かった。世界が違うってどういう意味なのか、意味が分からないけれど嫌な予感がして心臓が早く動いているのが分かる。コヅメ君はさっきの機械を操作してから画面を見せてくれた。何か絵のような物が写っているけど、その描かれている人がなんとなくソルジャーさんに似てる気がしてコヅメ君を見る。
「これ、大分前のゲームなんだけど……」
「んー?ゲーム、チェスみたいな?」
「まぁ違うけど、そんな感じで良いよ」
曰く、このゲームは二十年程前に発売した人気ゲームシリーズの一つらしい。ソルジャーさんの目線で私が死ぬ思いをしながらした旅も戦いも、画面越しに体験できるらしい。コヅメ君はそのゲームを大分前にプレイして詳細はうろ覚えだけど、大体のストーリーの流れと最後の終わり方は覚えているらしい。そのゲームは私達の旅が二、三十時間程度で振り返られると言う。
「ふーん。そうなんだ」
「意外とおどろかないんだ」
「実感がないだけかも?ゲームもいまいちピンと来てないし」
「あー、確かに。実物もないし」
「…私が元いた世界ってのが、物語の世界って事は、うん、わかった。それで私はどうやって帰ればいいの?」
「え、知らないけど」
急に突き放されたんだけど。
元の世界に帰れても家なんて無いし、ミッドガルに来たのも友達のお家に挨拶したいって理由だけだったし。日本?で暮らすのも良いのかな。なんて思ってみたけど、よく考えたら世界が違うと通貨も流石に違うか。
「その格好で外に出たら目立つと思うよ」
「え?目立つかな、別に派手じゃないと思うけど」
「言ったでしょ、君は有名なゲームのキャラでほとんどの人が知ってる。それに文化も常識も違う場所で前知識無く一人で生きていけるとは思わない」
そんな事実を淡々と語られても困るから、そこまで分かっているならきっと解決策もあるだろうにそこまでは言わない意地悪い感じ。きっとこの人は頭が良いタイプで、今ここで自分から言い出すのと私に言わせるのを比較して私に言わせる方がメリットがあると思っているんだろう。こっちは違う世界に来てるんだぞ、思いやりの心を持ってくれ。
「帰り方分かるまで、ここにいると良いよ」
「え、意外!私に言わせるまで粘るかと思った」
「異世界人だしね、飼ってみるのも面白いかと思って」
「同じ人間でしょ。変わらなくない?」
「まあ、それはそうかも。でも別に悪くないでしょ」
悪くないどころかこっちにしたらとても有り難いけど。偶々この場所に現れてしまっただけで別にコヅメ君がお世話しなくちゃいけない事は無いのに、こう言い出してくれるなんて優しい人でもあるんだな。
「お世話になる代わりに近くのモンスターでも倒そうか?」
「この世界はモンスター出ないから大丈夫」
「嘘!?へいわ―!!一瞬で仕事無くなったわ」
モンスター退治とかで生計立てようと思っていたけど、モンスターがいないんじゃそれは無理そうだ。この世界にどんな仕事があるのかも分からないし、これはコヅメ君に頼ることになってしまうな。
「なんか、だんだん思ったよりこの世界って違うんだって戸惑いはじめてきたよ」
「……うん、そうだね。魔法も使えないしね」
「あーー、そうなんだ…。私回復と氷のマテリア持ってるけどそれも無駄かな?」
メイスを出してはめ込んでいたマテリアを取りだしコヅメ君に見せる。なかなか成長しているマテリアだと思っているけど、魔法が使えないなら意味ないかもしれないな。ただの綺麗な石に成り下がってしまったな。
「おれが言うこと簡単に信じるんだね」
「え、何。嘘だったの?え、どこから嘘なの?」
「嘘じゃないけど、あっさり信じるから心配になって」
「それはそうかも。ねぇ私達の事知ってるんだよね?私の大好きな友達の名前、言える?」
「…エアリス・ゲインズブール」
「すごい!エアリスのこと知ってるんだ」
私の大好きな友達がエアリスだって知ってくれてるのが少しだけ嬉しかった。私のことを知ってくれているなら別にこっちから話をしなくてもいいだろうし、別に悪い人でも私が元の世界に戻れるなら何でもいいや。でもこの人は悪い人じゃ無いと思うけどね。意外と世話焼きなんじゃないかと思っているよ、私は。
「プレイしてて、すごい仲良かったの覚えてる」
「うん、仲良かったよ。ありがとう、覚えててくれて」
「お礼言われるのは意味わかんないけど」
ちょっと空き部屋整理してくるからテレビ見て待ってて、と言って怠そうに立ち上がり部屋を出て行った。人に簡単に信じるどうのとか言っておきながら、私を一人にしていいわけ?そっちこそ簡単に信用しすぎじゃん?別に何もしないけど。知り合いにはいないタイプでちょっと新鮮。声が大きいオッサンとカッコつけソルジャーと声が大きいオッサンと犬と猫だったからな。
テーブルに頬をつけてボーッとテレビを見ていた。天気予報で表示されたマップが本当に知らない地形をしていた上に知らない地名だらけだったから、別に疑っていなかったけど違う世界なんだなーと思わせた。その後も知らない土地のニュースが続いているのを見てるのも飽きて途中で意識が無くなった。
「えー、寝てるし……」
自然に目が覚めると暗い部屋の中で、床に寝かされていた。さっきいた部屋じゃない知らない部屋だったからもしかしたら、また知らない場所に来てしまったのかもしれないと起き上がったまま虚無を見つめていた。コヅメ君もいないし暗くて部屋の状況も分からんし、どうしようか悩んでいると部屋のドアが開いてコヅメ君が顔を覗かせた。
「起きてるね、ご飯来たけど食べるでしょ」
「うん、食べる」
「うん。目が覚めたらおいで」
それだけ言ってドアを閉めて行ってしまった。あれからどれくらい時間が経ったのか分からないけど、部屋が暗くなるくらいにはもう遅い時間なんだろう。髪の毛を結んだまま寝かされていたからぐしゃぐしゃになっているからリボンを解いて手櫛で整えてから部屋を出る。
「おはよう……」
「おはよう、宅配頼んだから食べよう」
「ピザだ。三枚もある!」
「好きな物分からなかったから適当に頼んだけど」
いきなり馴染みのない物出されるかと思っていたから、ピザがあって少し安心した。いや、普通に美味しそうでテンションが上がった。さっきと同じ場所に座って差し出されたオレンジジュースが注がれているグラスを受け取る。
「食べながら色々話し合おう」
「うん。食べていい?」
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」
話をしつつ、時折チーズを伸ばしながらピザを食べる。それぞれの年齢の話、コヅメはファミリーネームでケンマが名前だという話、見せられた言葉も文字も分かる(難しい漢字は普通に分からなかった)という話、私はゲームでいうところのエンディング後の時間軸から来たらしい話。
「まあ、この世界については生活していけば分かっていくでしょ」
「適当だなぁ。でも、うん。よろしく、研磨」
「よろしく、なまえ」
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