カツキ選手のお家にお邪魔して数日。カツキ選手の家族とそれなりに仲良くなって来た頃、温泉on ICEの練習をしていたはずのユーリが何故かびしょ濡れで帰ってきた。どこかぼんやりした様子のユーリに少し心配になるが、きっと大丈夫だと思う。曲のテーマであるイノセントなイメージを模索しているんだろうな。少し前にアガペーってどんな感じだと思うか聞かれたけれど、私には難しくて「羽根みたいにフワフワな感じ?」と間抜けな感想を言ってしまった。その時のユーリのしかめっ面と言ったら、本当に凄かった。
「わかった気がする、アガペー……」
「そっか。きっとユーラなら一番のアガペーになれるよ」
「なんだよ、一番のアガペーって」
ユーリはニヤッと笑って私の頭をくしゃくしゃにして夕ご飯を食べ始めた。アガペー、無限で無償の愛、私はピンと来ないけどユーリはそれを見つけた。ヴィクトルさんに振りのテーマを聞いてから数日でそれを見つけて、きっとユーリはこれからどんどんカッコ良くなって行くんだろうなぁ。その隣に私がいつまでもいられたら良いな。
アガペーを見つけたユーリは、それから練習もレベルアップするみたいでヴィクトルさんが新しいメニューにすると言っていた。私はリンクには来るなと言うユーリの言いつけを守ってヴィクトルさんの飼ってるマッカチンとお散歩したり、3つ子ちゃん達と一緒に遊んだり日本語をお勉強したりして過ごしている。練習を見に来るなというそれは決して意地悪ではなく、私の身体を思ってくれての事だと知っている。だから私は大人しくゆーとぴあカツキにお世話になっている。
『いよいよ明日は温泉on ICEの日ねぇ。ニーナちゃんも行くんでしょ?』
「うん!ユーリのスケート生で見るの久しぶりだからすごい楽しみ!」
『はー、ホント可愛いわね!フランス人形みたい!ロシア人だけど!!』
ミナコさんは仕事の合間に私の様子を見に来てくれて、暇を持て余している私の相手をしてくれる。ヴィクトルさんが来てからお客さんが増えて忙しいはずなのに、私の勉強を見てくれるからすごく有難い。ミナコさんの為にも日本語でお話し出来るようになりたいけど、それはやっぱりすぐには難しい。ご飯を食べるときの挨拶とか、朝起きた時の挨拶なんかは毎日使う単語だから覚える事が出来たけどね。もう一つ覚えた単語が…
「ミナコさん、『アリガトウ』」
「ニーナちゃん……」
明日の温泉on ICEが終わった後の飛行機で帰る事になるから、きっと今伝えておかないとミナコさんには伝えられなくなってしまう。笑ってお礼を伝えるとミナコさんは、1拍置いてから優しく尚且つ力強く抱き締めてくれた。
「私も娘が出来たみたいで楽しかったわ。スパシーバ、ニーナちゃん」
それから私は部屋に戻り布団に入った。日本に来てから私は普通の女の子みたいに過ごせているのが凄く嬉しい。着ている服も入院着と違って可愛いし、日本のご飯も美味しい。ロシアに帰ったらきっと、また入院生活が始まるだろうから明日までは普通の女の子でいよう。ユーリが勝っても負けても、タイムリミットは初めから決まっていたんだから。
意識が途絶える前誰かが頭を撫でるのを感じた。
翌日、今日は温泉on ICEが開催されるとあって町は朝からすごく賑わっていた。ここに来た時のあの閑散としていた商店街も、もちろんゆ〜とぴあかつきも人でいっぱいだ。ユーリは朝から勝生選手とヴィクトル選手と一緒にリンクに行っている。私がリンクに着いたのは試合が始まる少し前だった。3つ子ちゃん達に連れられて特等席で演技を見ることが出来る。
「ユーリ…」
3つ子ちゃん達に渡されたカイロを両手で握り締め、ユーリの演技を祈るように見る。衣装は白色でキラキラしてて額から伝う汗でさえも輝いてて、ああこれがロシアの妖精かと納得出来てしまう姿をしている。練習期間が短かったのに、ちゃんと妖精だ。ああ、画面越しで見るユーリより何倍も何万倍も輝いている。
「ステキ…、すごいよユーラ」
『ユリオの所行っておいでよ!』
『私達が案内するよ!』
『ほら、早く早く!』
「わっ、ちょっと待って」
3つ子ちゃん達に連れられてユーリの所まで来たものの、3つ子ちゃん達は勝生選手の演技を見るために急いで戻って行ってしまい置いてけぼりをくらってしまった。ベンチに座り込んでいるユーリの隣に座り、そっとユーリの手に触れた。
「ニーナ……」
「ユーリ、…ユーラ本当にステキだった」
「まだまだダメだ、体力が全然もたない」
たまにユーリは私とは生きてる世界が違うなって思う時がある。それはテレビ越しに見る笑顔とか、今のこの横顔とか。重ねた私の手をユーリは滑らせ指を絡ませた。
「カッコ悪い姿、ニーカには見せたくなかった」
「ユーラはいつもカッコイイよ」
ユーリは私にとってヒーローだから。ロシアンヤンキーなんて言われてることも知ってるけど、いつも助けてくれるのはユーリで、この日本に連れて来てくれたのだってユーリ。冷たいユーリの手を私は両の手で温めた。少しでも私の気持ちが伝わる様に。
「ロシアに帰ろうか、ニーカ」
「うん、ユーラチカ」
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