「お題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト7文字を触手なりけりで締めて下さい。出来た者から今日は帰ってよし!」
始まってしまった5時間目の国語の時間、私は古語が苦手なので、…というよりこの問題解ける人はいるのだろうか。触手は季語なのか?これは帰れない可能性が出て来た。泊まりは困る。春とは言えこの教室は隙間風が酷すぎて風邪を引いてしまうのもそうだけど、泊まりはお兄ちゃんが乗り込んで来るかもしれない。何としても帰らねば。
「先生しつもーん!」
「何ですか?茅野さん」
「今さらだけどさぁ、先生の名前なんて言うの?他の先生と区別するとき不便だよ」
茅野さんは転入生で、この春から椚ヶ丘に来たらしい。すごく可愛くて明るい子なんだけど、私はまだ彼女と会話らしい会話をしていない。私自身、人見知りでは無いと思っているけど、話しかけるのに緊張してしまって未だに話しかけることが出来てない。渚君と仲がいいみたいだから渚君を利用すれば話しかけられるかもしれないけど。
「名前…ですか。名乗るような名前はありませんねぇ。なんなら皆さんでつけてください」
「触手なりけり先生!」
「望月さんちょっと適当すぎませんか!?」
ほら、先生の名前は後でゆっくりいい名前を考えてください。と言われ出された課題(触手なりけり)を上手く逸らすことが出来なかった。誰か解き方教えてくれないかな。コツコツとシャーペンで机を叩いてるとガタッと誰かが立ち上がる音が聞こえて視線を向ける。
「お、もう出来ましたか渚くん」
渚君マジかよ。渚くんの国語力を侮っていた。しかし私の席からは生憎後姿しか見えないけど、何やら教室内の空気が張り詰めているのに気づいた。もしかして渚君は殺すつもりなのかもしれない。けど、私に分かってしまうような張り詰め方の空気では、この先生にはもうバレているのではないだろうか。そして当然のように渚君が振り下ろしたナイフを受け止めた。
「もっと工夫を…」
先生がその先を声に出す前に渚君は優しく包み込むように先生に抱きついた。事の展開に私の頭はついていかなくて、まるでドラマや映画を観てるような、液晶を挟んだ出来事のように見ていることしか出来なかった。ただそれらと違って大きな爆発音や爆風に加えて微かに匂う焦げ臭さが現実であると示していた。
「やったぜ!100億いただきぃ!!」
「ちょっと寺坂!渚に何持たせたのよ!」
「あ?オモチャの手榴弾だよ。ただし、火薬を使って威力を上げてるがな。」
手榴弾やら火薬やら、そんなの中学生が持ってていい代物なのだろうか。先生の暗殺を頼まれてから初めて死を感じた瞬間かもしれない。それが暗殺対象の先生ではなくクラスメイトだとは思わなかった。寺坂君は喜んでいるけど、クラスメイトを犠牲にして喜ぶのはそれは正義だろうか?まあ寺坂君が喜んでいるのはお金だろうけど。
「実は先生、月に一度脱皮をします」
胸に広がったモヤモヤをどう発散しようかと思案していると、いつもの調子の先生の声が聞こえた。しかしその声色は次第に怒気を孕んでいき、終いには先生の顔をも真っ黒に染め上げた。
「寺坂 、吉田、村松、首謀者は君等だな」
3年になってからの数日しかこの先生と過ごしてないけど、こんなに声を失うほど怖い先生だったのかと思い知った。今までプンスコしてたのはじゃれ合いの延長だったということ。先生が本気になれば今すぐにでもこの校舎どころか地球を破壊する事が出来てしまう。なんて恐ろしい。茫然と立ち尽くしていたら教室内が強風に襲われた。どうやら先生が教室から出て行ったようだ。けど、数秒も経たないうちに先生は教壇に立っていた。
「政府との契約ですから先生は君達には決して危害は加えない。が、次また今の方法で暗殺に来たら君達以外には何をするかわかりませんよ」
先生は懐から長方形の板みたいな物をバラバラと教卓に落とす。それは皆んなの名字が書いてあってそれが表札だと分かる。この一瞬でクラス全員分の表札を取って来たのだろうか。そして校庭にある鳥居はもしかして私の家の物だろうか…。ドキドキしながら先生の話を聞いていると、先生はアイデアは良かったと褒めてそれから人を大切にしなかった自分を大切にしなかったと窘めた。
「人に胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それが出来る力を秘めた有能な暗殺者だ。暗殺対処である先生からのアドバイスです」
先生は3月に地球を破壊することを改めて宣言して渚君にそれが嫌ならどうするか問う。渚君はどこかスッキリとした表情でその前に殺すと答えた。
「良い殺意です。さあ先生を殺した者から帰ってよし!」
「殺さない、先生…。あ、名前『殺せんせー』は?」
茅野さんが呟いた名前『殺せんせー』でどうやら先生の名前は決まりのようだ。それよりも私は気になる事がある。
「先生!校庭の鳥居はちゃんと戻してくれるんですか!!」
「にゅや!?そうでした!」
「皆んなの表札もちゃんと戻して来ないと窃盗罪ですよ!」
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