涙が少し溢れ出した

デルカダールという街を出てきた頃にはもうみんな寝静まる深夜だった。朝まで教会で休ませてもらってから私たちは次の目的地であるイレブンの育ったイシの村を目指す事になった。迷いやすいと言われたナプガーナ密林を地図を見ながら進むイレブンとカミュの後をはぐれないように歩いた。雨で地面がぐしょぐしょでドロドロだったから靴の有り難さを思い知った。雨も今日が初めてで空から水が降ってくるなんてすごいびっくりした。イレブンとカミュがあんまり雨に当たると風邪を引くから休める所に急ごうと、あっちだこっちだ地図を見ながら言い合いながら進む2人の後を歩いてはいるけど、一向に辿り着かないし、この空の宝箱の所なんて3回も来ている。

「ねえ、イレブン」
「な、なに?」
「もしかして、迷ってる?」
「え、えー?迷ってないよ、アハハ…」
「ふーん、そっか」
「あははは…………」
「ねえ、カミュ」
「お、おう!迷ってないから安心しろよ!」

それから歩き回ってる間に雨は上がり視界が開けてなんとかキャンプ地を見つけることができた。近くに小屋があったけど、持ち主が居ないみたいで今日はキャンプで野宿する事になった。キャンプと言っても、今まで洞窟暮らしだった私にしてみたら天井が空か岩かの違いだけど。

「アネットもキャンプ初めてだよね?」
「…うん、初めて。空って綺麗だね」

雨上がりの空は雲が流れてキラキラしていた。夜と朝は空の色が変わる事は聞いたことあるけど、あのキラキラしたのはなんだろう。私がぼんやり空を見てる間に2人は準備を終わらせてしまっていた。雨に濡れた体を温めるべく3人並んで火を囲む。しばらく話しているとカミュが思い出したように荷物を漁り出した。デクと見つけたという不思議な鍛治台。イレブンは興味があるようでカミュの説明を聞いた後早速鍛治台に向き合っていた。説明を終えたカミュは私の隣に戻って来た。

「アネットが興味ありそうな物は生憎持ってないんだ、悪いな」
「ううん、カミュが謝ることじゃない」
「そういやお前、さっき熱心に空を見ていたな。星に興味でもあるのか?」
「ほし…あのキラキラは星っていうんだ」

大きな太陽みたいなのは月、それ以外のキラキラしたのが星。大きな命の大樹があって、夜は空が綺麗だ。

「アネットはずっとあの洞窟で暮らしていたのか?」
「うん、ブラックとスラオとスラスケと一緒だったよ」
「あー、あのブラックドラゴンとかか?」
「そう。外の事知らない私とブラックに、スラオとスラスケがたくさん外のお話してくれたの。だから外に出るのずっと夢だった」

イレブンの鍛治の音を聞きながらキラキラする空を見ていた。あそこに居たままだとこの綺麗を知らなかった。カミュが作ってくれたシチューも、イレブンの手の温かさも知らないまま。

「お前には勇気があんるだな」
「勇気…?」

カミュはそれだけ言うと、短剣の手入れを始めてしまった。イレブンはまだ鍛治をしている。何を作っているのかわからないけど、邪魔は出来ないから大人しくカミュの短剣の手入れを見てることにした。このキャンプに着くまでに2人はモンスターと戦っていて、私は呪文でサポートしか出来なかったから疲れてるはずなのに、そのような様子は見せない。手際良く短剣を磨いてる手元を見ているうちに、だんだん眠くなってしまってそこからの記憶が無い。
目が覚めた時、まだ辺りは暗かった。私はテントの中に寝かせられていて、隣にはイレブンが寝ていた。ぼーっとする頭でキョロキョロ見回してみたけど、カミュの姿はテントの中にはなかった。イレブンを起こさない様にテントを抜け出し、焚き火の側で犬と一緒にいるカミュを見つけた。

「カミュ……」
「どうした?眠れなくなったのか?」
「…カミュがいなかったから」

犬がいて近づけなくてその場に立っているとカミュが「オレは火の番をしてるからアネットはまだ寝てろ」と言うのでそれに大人しく従う事にした。寝ている犬を起こさないようにカミュに駆け寄っておやすみをして、そそくさとテントに戻る。そしてイレブンの毛布に潜り込む。

「ん、どうしたの…?」
「なんか、寂しくなった」
「…そっか、大丈夫。大丈夫だよ」

イレブンは背中をポンポンと撫でてくれて、その温かさに私は再び眠りについた。今まで一緒に寝ていたブラックとは違って、冷たい硬いウロコではなく温かくて柔いイレブンに何故だかすごく安心した。

次に目が覚めた時隣にまだイレブンがいてホッとした。イレブンはまだ寝ているようで、すよすよと寝息を立てている。それにつられて二度寝をしてしまいそうになっていると、カミュがタイミング良く朝ご飯の用意が出来たから起きろと、毛布を剥ぎ取られてしまった。仕方なしに身支度を整え、ぼんやりとした頭のままカミュの作ってくれたご飯を2人で食べた。昨日の雨が嘘のような青空の中、出発の準備をしているとイレブンがせいどうの剣を私に渡した。

「アネットの武器が調達出来てなかったから昨日作ってみたんだ」
「私に?」
「うん、アネットに。あんまり上手に出来なかったんけど、無いよりマシかなって」
「ありがとう、イレブン」

次はちゃんと作るからね。と言ってくれたけど、私にはこのせいどうの剣でも充分嬉しい物だった。これで戦闘で2人の役に立てる、と剣を掲げて眺めていると後ろで2人が微笑ましそうに私を見ているのに気づき、そっと剣を鞘に収めて腰に固定させる。

「んじゃ、出発するか」
「今日中に密林を抜けたいね」

出発して数十秒。橋が無残に壊されていて先に進むことが出来なかった。出鼻をくじかれた私達はどうしようかその場に立ち尽くし悩んでいると、昨日の夜カミュの隣で寝ていた犬が何処からか現れ、カミュの腰布を引っ張り小屋の奥の道に連れて行こうとしているようだった。「行く宛ても無いしついて行ってみよう」とイレブンが言うと犬は今度はイレブンに擦り寄り、先を急がせている。

「どうしたアネット、眉間にシワが寄ってるぞ」
「……私、犬きらい」
「苦手からとうとう嫌いになったか」
「イレブンもカミュも犬に甘い…」

それからイレブンの後を追いかけ、ほんのり光を放つ植物に手をかざし、見えた映像を頼りにいたずらデビルを倒し、犬に姿を変えられていた木こりのおじさんの手によって橋を直してもらい、無事にナプガーナ密林を抜けることが出来た。太陽はまだ真上にある。

「左に行くとデルカダール。真っ直ぐ行けばオレの用があるデルカダール神殿。右に行けばイレブンの故郷があるんだよな?」
「うん。イシの村があるよ」
「この奥に村があるなんて知らなかったぜ」

渓谷を歩いていると何かが焼けた臭いが漂って来たけど2人は気づいていないのか、話しながら歩いている。地面には蹄の跡が沢山残っていたのも黙っておいた方が良いような気がした。私は遅れをとらないようにイレブンの隣に並んで2人の会話を聞きながら、イレブンの故郷イシの村を目指した。



渓谷を出る時、泥濘に足を取られ転びそうになったアネットと手を繋いで、イシの村の門を抜けた。そんなに長い月日村を離れていた訳では無いけど、なんだかとても懐かしいようなそんな風景。坂を下った所にマノロのお父さんがいたから声をかけたが、様子がおかしい。マノロのお父さんだけじゃなくて、村人みんなが僕を旅人と呼びあまつさえ「宿屋が無いからペルラさんを頼るといい」とまで言われてしまう。

「イレブン…」
「…自分の家を道案内されちゃった」
「カミュもいないし、何か変だよ」
「うん。でも家に寄ってもいいかな?」
「……」

アネットは数秒、僕の目をジッと見つめて何かを伝えようと薄く口を開いたが、結局何も言わずに頷いて道を開けてくれた。石橋を渡り坂を登り、見慣れたドアを前に深呼吸をする。ただ自分の家に帰ってきただけだから、こんなに緊張しなくてもいいはずなのにいつもより心臓がうるさい。

「イレブン?」
「ううん、大丈夫。開けるね」

ドアを開くとシチューのいい匂いがして、ペルラ母さんの後ろ姿が見えた。アネットは家の中に入らずに外のニワトリを見ている。僕はゆっくりお母さんに近づいて小さな声で「ただいま」と呟いた。

「おかえりなさい、イレブン。お前の大好きなシチューがもうすぐ出来上がるよ。お腹がすいたでしょう。さあ、はやくテーブルに……」

ああ、ほら。大丈夫だ。振り向いたお母さんの顔が驚愕のものに変わり、その口から小さな悲鳴が漏れた。

「あ……あんた誰なんだい!?」
「な、何言ってるの、お母さん。僕イレブンだよ?」
「あんたこそなに言ってるんだい!?うちの子はまだ6歳だよ!」

ああ、なんか、もうダメだ…。

「でも僕もイレブンなんだ!16歳になった僕なんだよ!」
「お前さん、わたしをバカにしてるのかい!?さあ、とっとと出て行っておくれ!でないと人を呼ぶよ!」

ペルラ母さんに怒鳴られたのはこれが初めてだった。ショックを感じつつも人を呼ばれたら困るから大人しく家を出た。僕の姿を見たアネットはピッとりくっ付いて来た。

「きっとびっくりしただけだよ」
「…うん、そうだね。……ありがとう」
「イレブンの村、案内してよ」

気をつかってくれているんだろうな。アネットの優しさに胸がいっぱいになってしまい、気づけば抱き締めていた。抱きついていたの方が正しいかもしれない。縋るようにアネットの肩におでこを付けて、目を閉じ息を吸い込み吐き出す。

「ごめん、村の案内だったよね。行こうか、カミュも探さないといけないしね」
「ワンワン!」
「…犬、と女の子が泣いてる」

遠くから聞こえてきた犬の鳴き声にビクッと反応したアネットの視線を辿ると、小さな女の子と子犬が馬小屋の木の前にいた。

「困ってるなら助けてあげよう?」

アネットが自分から犬の近くに行こうと言うなんて、短い付き合いだけど珍しい。頷いてから女の子のいる木のそばへ向かう。薄々気づいていたけど泣いてる女の子は幼馴染みのエマで、スカーフが枝に引っ掛かって取れなくなってしまったようだ。スカーフを取って渡してあげると、懐かしいような笑顔を見せてくれた。

「あたしエマっていうの、お兄ちゃんたちは?」
「えっと、僕はイレブン……」
「イレブン……?あっ、わかったわ!お兄ちゃんイレブンをさがしてるのね!」

お母さんにイレブンと名乗った時の事を思い出してしまって、途中で言葉を見失ってしまった。だけどエマは僕らがイレブンを探してると勘違いしてくれたようで、イレブンがいる所に案内してくれると走り出して行った。ポカンと走って行ったエマを見ているアネットに「追いかけようか」と声をかけて、エマとルキが向かった方へ僕らも走り出した。追いついた先で男の子とおじいさんがいて、その姿に僕はまた泣きそうになってしまう。

「おじいちゃん…」

テオおじいちゃんはエマと幼い僕に遊んでおいでと言って、アネットも「私も行く。終わったら迎えに来て」と2人について行ってしまった。テオおじいちゃんは僕がイレブンだと疑わずに信じてくれて、僕の話を聞いてくれた。

「つらい思いをさせてしまったのう……」

おじいちゃんは悲しそうな顔を浮かべてデルカダール王が頼りにならないとわかった今、全てを伝えてくれようとした。だけど何かを察したように、戻ったらイシの大滝の三角岩を調べるよう繰り返し言った。

「しかし、大きくなったのう。これほど立派になったイレブンを見ることができ、わしは果報者じゃ」
「おじいちゃん、待って…!」
「イレブンや。人を恨んじゃいけないよ」
「うん。僕、相棒が出来たんだよ。それから妹にも会えた」
「そうか、あの子がそうなんじゃな。お前と似ていて優しい子のようじゃ」

「イレブン、わしはお前のじいじで幸せじゃった」

テオおじいちゃんは最後に大好きだった笑顔を見せてから、姿を消した。まるでそこには最初から誰もいなかったように。感傷に浸っていてもどうにもならないから、アネットを迎えに行くために村へ戻った。きっと3人はあの木の所にいるだろう。階段を下った先に案の定、3人と1匹がいた。アネットの近くにルキがいるのがなんだか不思議な感じ。

「アネット」
「…イレブン」

アネットが駆け寄ってくるよりも早く、幼い僕が駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん!さっきはお礼を言いそびれちゃったけど、エマのスカーフ取ってくれてありがと!」
「ううん、大した事じゃないよ」
「お姉ちゃんも、またこの村にあそびにきてね!」

僕はそれだけ言うとエマの元へ戻り、晩ご飯までの予定を話し合いはじめた。あの頃僕はおじいちゃんっ子で、何かと理由を付けてテオおじいちゃんに構ってもらっていた。確かこの後はおじいちゃんとエマと釣り勝負をするんだ。その様子をぼーっと見ていたら、アネットが手を繋いできて帰ろうと呟いた。うん、と僕が返すのが早かったか、幼い僕達が消えるのが早かったか、ハッとした時にはカミュがいた。

「カミュ…っ」
「………」
「まったくひでえ事をしやがる!勇者を育てた村というだけでこの仕打ちかっ!?」

振り返ったら村は以前の穏やかな姿を消し、瓦礫と煙の変わり果てた姿になっていた。カミュの憶測では、僕が牢に閉じ込められている間に兵士が村に来て焼き払ったんだろう、と。

「そういや、お前たちがボーっとしてる時、お前たちのアザと木に巻きついた根が光っていたが、また前みたいになんか見えたのか?」

僕は今見てきた事をカミュにそのまま伝えた。過去の村に行ったこと、お母さんに追い出された事、テオおじいちゃんだけは僕がイレブンだと信じてくれた事、そしてテオおじいちゃんが残した「イシの大滝の三角岩を調べろ」という言葉。そんな簡単に信じられる話じゃないけど、カミュはすんなり受け止めて疑わなかった。

「お前にはきっとこの根を通じて、過去を見るチカラがそなわっているんだな」
「そう、なのかな…」
「そうだって!ほら、じいさんの言葉を信じて、イシの大滝とやらに行ってみようぜ」
「大滝、どこにあるの?」
「あー、地図によると村を出て東に向かった所にあるみたいだ」

アネットとカミュは地図を広げて歩き出したが、僕はその場から動けなかった。変わり果てた村を見ていると、カミュが動かない僕に気づき戻ってきてくれた。

「つらいのはわかるが……。ここにいても何も始まらない。行くぞイレブン!」
「わかってる、わかってるけど、でも…っ」
「ねえ、イレブン。ここ、血の匂いがしないよ。だからお母さんもエマも大丈夫じゃないかな?」

アネットが鼻をスンスンさせる。確かに血の匂いはしないけど、だけどそんなの大丈夫だってなんの確証もないじゃないか。でも、そうだよね、カミュの言う通りここにいても仕方ないし、アネットの言う通り大丈夫だって信じてみよう。

「うん、きっと大丈夫…」

僕達はイシの大滝を目指して歩き出した。

NEVER LAND
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