突然ホメロス様に部屋まで連行されて書類整理をさせられ、しかも部下になることを決めた一日が終わった。一体何がどうなったのかまだ実感が湧いていない。ホメロス様の部屋を出ると夜はとっぷりと更けていて慌てて兵舎へ飛んで行く。風呂に入る気力が湧かず、ベッドに倒れ込みたい気持ちをぐっと抑えて最低限のことだけを済ませた。予想外に疲れる日だった。
きっと明日は先輩方から質問攻めだろうし、ちょっと面倒だなあ。うとうととしている頭でそんなことを考えて眠りについた。




翌朝演習場へ行くと、早速先輩兵士がこちらへ猛ダッシュしてくる。


「ルクシア!昨日のアレ、何だったんだ?」
「ホメロス様の手伝いをしました」
「ホメロス様めっちゃ怖かったけど大丈夫か?」
「存外平気です」
「やくそう要る?」
「何故やくそう?」
「心の傷が癒えるかなって思って……」


朝っぱらから案の定先輩方に囲まれた。苦いやくそうを口に放り込まれながら(やめろと言っても聞いてくれない)(多分ウサギの餌付けか何かしているようで楽しくなってきたんだと思う)受け答えをしていると、話題のホメロス様が演習場にやって来た。


「ルクシア、来い」
「はい、只今(もぐもぐ)」
「……お前何故やくそうを食っているんだ?」
「自分でもさっぱりで……(もぐもぐ)」
「まあいい、とにかく行くぞ」
「ふぁい(もぐもぐ)」


上官に私のことを紹介するので着いて来いということらしい。とりあえず利口そうな顔をしていろと言われたけれど、利口そうな顔ってどんなだ。
道中青臭いとツッコまれ口をゆすぐ羽目になったので先輩はあとで覚えておいて欲しい。







「この者を私付きの兵に迎えたいと思うのです」


ホメロスの上官にあたる男はルクシアを頭のてっぺんから爪先まで眺める。いつもいつもこんな感じで見られるので、もうルクシアは慣れっこだった。しかし上官は特にマイナスのことは言わず、うん、と一人頷く。


「ホメロスが推すのならば君は優秀なのだろう。」
「まだ武術は発展途上ですが、この者は算術の才を大いに役立ててくれる筈です」
「ほお、文官に向いているのだな。分かった。お前の意向通りにしよう」
「ありがとうございます」


厳格そうな表情を崩し、上官はルクシアへにこりと笑いかける。


「算術の他には何かあるのか?」
「算術の他に、ですか」
「そうですね……あっ、値切ることが得意です」
「値切る!?ふ、ふはっ、はははははははは!」


やばい、失言だったと思った時にはすでに遅い。兵士として全く役に立ちそうにない特技を挙げたルクシアに上官は涙を浮かべて爆笑して、ホメロスは頭を抱えた。ホメロスの無言の圧力がありルクシアは目を泳がせている。


「ははは、それも個性だな!なんだかやたらとやくそうの匂いがするし……ルクシアといったか?ホメロスと共にこの国の為に働くのだぞ」
「はい」


やくそうの匂いまだするのかよ!ルクシアとホメロスは心の中でツッコミを入れる。なんだか面白がられて面談は無事に終了した。ホメロスの肝はちょっと冷えた。


「はあ、打ち合わせをするべきだったか」
「申し訳ありません」
「いや、お前が何を話すか予想できん私が悪かった。お前が普通ではないことは分かっていたのだから私のミスだ」
「世間ズレしているのは認めますが嫌味ですね」
「何だ、嫌味は分かるのか」
「上司にする方を間違えた気がしてなりません」
「ははは今更逃げられると思うな」


爽やかにホメロスが笑うが、完全に目が笑っていなかった。やっぱり上司選び間違えたかな、ルクシアは少し後悔した。