5


 オビトは雨隠れの里の廃墟ビルに降り立った。顔を覆っていたフードを手早く外して足を急がせる。
 今回はいい品が手に入った。渡す相手の喜ぶ顔が目に浮かんで自然と口角が上がる。懐に仕舞ってあるその重みを確かめながら、なまえとマダラの住む部屋を目指した。
 適当に入る合図をして玄関を開ける。草履は二人分あった。オビトはその脇に自らの草履を並べる。はやる気持ちを抑えながら居間に行くと、そこに目当ての人物の姿があった。幸いなことに一人のようである。

「なまえ」

 オビトはソファに座っているなまえに声をかける。懐に入れた物を取り出しながら、振り向いたなまえの顔を見た時――。

「あ……オビト……」

 全ての考えが吹き飛んだ。
 呆然としかけたものの、すぐさま我に返る。オビトは目つきを鋭くしてなまえのそばに寄った。
 なまえはぼろぼろと涙を零していた。

「おい、どうした? まさか……あいつに何かされたのか?」

 足元に屈み、声を潜めて問う。一緒にいないのはそういうことなのか? オビトは怒りが込み上げるのを感じながらなまえの顔を見上げた。するとなまえはきょとんとして、慌てたように目元を拭った。

「え……? あ、違うよ。今この本読んでて……」

 なまえは一度鼻をすすり、膝に置いていた本を持ち上げてみせた。

「男の人と相棒の犬が旅する話でね。山賊に襲われた時、犬が身を挺して男の人を守ったところで感動しちゃって……オビト?」

 なまえが目の前で手を振り、意識を確かめる。オビトは動きを止めたまま、沸き上がった熱が急速に冷めていくのを感じていた。
 そして、背中に刺さる視線に後ろを振り返る。畳み終えたばかりのような洗濯物を抱えたマダラが言葉もなくこちらを見ていた。あまりにも似つかわしくないその姿に、オビトは無へと至りそうになる。

「なんなんだよお前ら……」

 恩だとか恨みだとか忘れてオビトは嘆く。
 静まり返った部屋に、すん、と鼻をすする音が小さく響いた。


 鼻をかんで戻ってきたなまえは心なしか機嫌がよさそうだった。ほかでもなくオビトが来たことを嬉しく思っているからなのだが、本人はまさかそうだとは気付かない。それどころか、つい先程まであんなに泣いていたのに、とわずかに不審がっている。
 マダラは洗濯物を仕舞いにどこかへ行った。偶然通りかかっただけだったのだ。
 仕切り直しだ。オビトは再度懐に手を入れる。

「なまえ、これ解いてみろ」

 取り出したそれをなまえに渡す。絡み合った二つの金属の輪がなまえの手の平に置かれた。

「なにこれ?」
「パズルだ。うまく外せば二つに分かれる」
「これが? 外れるの?」
「ああ。力づくでやるなよ」

 なまえは怪訝そうな表情でそれを触り始めた。
 カチカチと金属の当たる音が響く。苦戦している様子にオビトは内心でにやりとした。予想したとおりなまえはこういうものが得意ではないようだ。

「たまには頭使わないとボケるだろ」
「うーん……」

 言った直後に嫌な言葉だったかと焦ったが、なまえはあまり気にしてないというか聞いていないようだった。オビトはほっと胸を撫でおろす。なまえが繊細なのか能天気なのかわからなくなる時があった。
 そろそろヒントを与えてやろうかと考えているとマダラが戻ってきた。なまえの横に座り、その手元に視線を向ける。二つに分かれるらしいと言ってなまえが渡すと、マダラはものの数秒でそれを外してしまった。

「アンタが解いてどうする」

 すごい、と目を輝かせるなまえを横目にオビトは言う。マダラはちらりとオビトを見ると、パズルを元の形に戻してなまえに返した。そして、再度挑戦するなまえにコツを教えた。
 呆れながら腕を組んだ時、オビトはもう一つモノがあるのを思い出す。二人の様子を見て、今が使うチャンスだと取り出した。

「あっ、外れた」

 なまえが嬉しそうな声を上げる。マダラが解いたのを見てどういう仕組みなのか理解したのだろう。外したものを両手に乗せてマダラに見せていた。
 オビトは取り出したカメラを顔の前で構え、シャッターを押す。カシャ、と軽い音が鳴り、二人の睦まじい姿がフィルムに収まった。
 最初の一枚はこれでいいかと満足していると、じっと視線を向けられていることに気付く。オビトはもしやと思いながらカメラを下ろした。

「アンタらの時代にもあっただろ? さすがに……」

 手に持ったカメラを見せるようにしながら言う。なまえはわかりやすくきょとんとしてマダラを見た。マダラは「カメラか」と小さな声で零した。

「そんな小型のものはなかったな。写真といえば専門の業者が仰々しい機材を用いて撮るのが普通だった」
「マジかよ……」

 時代の差を思い知るオビト。なまえ達の時代は写真を撮ることがまず一般的ではなかった。七十年ほども昔となれば、暮らしにも技術にも違いがあるのは当然だろう。

「写真ってあの……火影室にある柱間さんや扉間さんの絵のことだよね?」

 パズルをテーブルに置いたなまえが興味深そうに聞いてくる。
 そこでオビトは思い出した。なまえがあの二人の写真を欲しがっていたという話を少し前にカカシから聞かされたのである。

「そのかめら……で写せばあんな絵ができるの?」
「あれほど大きくはないがな」

 オビトが答えると、なまえは「そうなんだ」と感心したように零す。
 そして。

「みんなの写真、欲しいな……」

 ぽつりと呟いた声はオビトとマダラの耳にはっきりと届いた。「みんな」とは言うまでもなくうちはや木ノ葉の親しい人々のことだろう。しかし今は聞かなかったことにして、オビトは近くの棚の上にカメラを置いた。

「これはここに置いておく。使い切ったら現像……写真にするからな。好きに撮っていいぞ」
「いいの? ありがとう」
「ああ。ところで……」

 オビトは、嬉しそうに笑みを浮かべたなまえとその隣のマダラを改めて見やる。

「この頃、うちは一族の亡霊が出るという噂が一部で広まっているらしい。お前ら、素顔晒してうろついてないだろうな」

 なまえとマダラは顔を見合わせた。オビトとてこの二人が抜かるとは思っていないが、念のため確認しておかなければならない。

「うろついてはいるけど……家紋のついた服は着てないし、人がいる場所は避けてるよ」
「……一応聞くが、外で何してる?」
「何って……」
「デートだ」

 言葉に迷ったなまえの代わりにマダラが言った。「でーと?」となまえは隣を見る。腕を組んだマダラはこれ以上の説明は不要とばかりに目を伏せた。
 どこか得意げなその態度に、オビトはまた己の感情が冷めていくのを感じた。年寄りが覚えたての若者言葉を無理して使っているようで、哀れみの気持ちさえ湧いてきそうだった。

「……とにかく、あまり目立つような真似はするなよ。今の生活を続けたいのならな」

 それはほかでもなくなまえのための助言だ。オビトからしてみればマダラがどうなろうと知ったことではない。けれどもなまえの幸福のためにはマダラの存在が欠かせなかった。厄介なことこの上ないが、それでもできる限り協力してやっているのだ。感謝してほしいくらいである。
 オビトは溜め息をつきながら念を押し、なまえが頷いたのを見て帰ることを告げた。

「待って、オビト」

 廊下に出たところでなまえに呼び止められる。なまえは手に何かを持って後を追ってきた。

「あのね、使わないかもしれないけど……これ、もらってくれる?」

 なまえが差し出したのは携帯用の手拭い――ハンカチだった。表にうちはの家紋が小さく縫われている。

「お前が作ったのか?」
「うん、刺繍だけだけど……。いらないなら……」

 そう言って引っ込めようとしたハンカチをオビトは半ば強引に奪った。

「いや、もらっておく。……ありがとな」

 わざわざ渡しにきたということは自分のために作ったに違いなかった。そんなものを受け取らないはずがないだろう。大事に仕舞い込みながら礼を言うと、少し不安げだったなまえの表情が途端に明るくなった。
 そこに、カシャ、と無機質な音が響く。音のしたほうを見るとカメラを持ったマダラがそこにいた。

「おい……オレを写しても意味ないだろ」
「試しただけだ」

 マダラは鼻で笑い、さっさと戻っていった。マダラの好奇心の強さはオビトもよく知っている。マイペースなあの男に振り回されてなまえも困っているのではないかと同情しかけたが、なまえはどうしてか嬉しそうに笑っていた。

「写真撮ってくれたんだよ。私とオビトの」

 小声でなまえが言った。本当にそうなのかとオビトは疑わしく思ったが、なまえが喜んでいるからそういうことにしておいた。
 この二人が続いてきた理由を垣間見たような気がする。

「そういえば、デート……あいつと出かけたってのはどこに行ったんだ?」

 草履を履いたところで、見送ろうとしているなまえを振り返った。デートとやらの行き先が単純に気になっていたのだ。

「森」
「……ん?」
「火の国の森だよ。各地の景色や自然を見て回りたくて……まずは火の国から散策してるの」

 聞き間違いではなかった。オビトは受けた衝撃を顔に出さず、己の内側に留めた。
 森でデート。そんなのは隠居した年寄りの過ごし方ではないのか。彼らの実年齢を考えれば間違いではないのだが、もっと他にあるだろうとオビトは思ってしまう。
 だが、二人は栄えた忍里や賑わう繁華街には立ち入れない。それが精一杯の楽しみ方なのだと思えば笑う気も失せてしまった。

「そうかよ。……さっきも言ったが人目だけは気を付けろよ」
「うん。いろいろありがとう」
「じゃあな」

 手を振るなまえを背に、オビトは玄関から出た。
 湿っぽく冷たい空気が体を包む。だが、半身が得体の知れぬ細胞によって再生されてからは暑さも寒さもほとんど感じなくなっていた。
 そのはずなのに、これは。この胸の温かさは――。

「……こんなものが得意だったとはな」

 オビトは懐からハンカチを取り出した。単純な形ながらも家紋の刺繍はかなりの出来のように見える。
 まさか自分が贈り物をされるとは思ってもみなかった。なまえの思いが込められたものだとわかれば嬉しさも倍増する。ハンカチなど持ち歩いたことはないが、これは特別だ。きっと擦り切れてしまっても大切にするだろう。
 こんなもので子供のように喜んでいる自分がおかしくなり、オビトは自嘲気味に笑いを零す。けれども、決して悪い気分ではなかった。



 それから数日後。なまえが木ノ葉の里の病院で受ける診察は簡易的なものになり、サクラと談笑する時間のほうが長くなっていった。
 なまえにとっては貴重な外との関わりだ。同行するマダラもそれについては何も言わなかった。

「カメラ持ってきたらサクラさんと写真撮れたのに……」

 帰る間際になまえが零した。サクラはカルテをまとめながらその呟きに反応を返す。

「写真?」
「うん。少し前にオビトがうちに来て……」

 なまえは事の経緯を説明する。カルテを胸に抱えたサクラは「ふうん」と興味ありげに相槌を打った。

「あの人そんなことするんだ……」
「え?」
「ううん。写真なら次に来た時でもいいじゃない。一か月後にまた。ね?」

 笑顔で言うサクラに、それもそうかとなまえも気を取り直す。残念ではあるが嘆いていても仕方がない。
 サクラと別れ、マダラと共に裏口から病院を出る。なまえが墓地に行きたいと言い、花屋に寄ってから二人で向かった。
 なまえがマダラを連れて墓地へ行くのはこれが初めてだった。これまでのことを考えてずっと避けていたのだが、ようやく決心がついた。というよりも、ここでマダラがどうするか、何を思うかはなまえが決めることではない。そのことに今さら気が付いたのである。
 墓地へ着くとなまえは一族の慰霊碑の前に膝をつき、花を供えて両手を合わせた。目を閉じて、いつも通りに静かに祈る。
 マダラはそばにいる。なまえは何も促さなかった。
 やがて、微かに衣擦れの音がした。なまえは目を開けて隣を見る。マダラが同じように膝をついて手を合わせていた。

「…………」

 なまえは込み上げてくるものを抑え込むように再び目を閉じた。
 もしかしたら、と心の内で感じていた。なまえはずっと信じ続けていた。
 彼の、一族を思う気持ちは失われていない。自分が思うよりも強く、深い愛情がそこにある。
 わかりきっていたことだ。彼はずっとそうだった。確かめるまでもなかったではないか。なまえは目頭が熱くなるのを感じながら顔を上げた。手を膝に置き、鼻をすするとマダラがこちらを向いた。なまえも静かに視線を重ねる。

「よく泣くようになったな、お前は……」

 そう言いながら伸ばされる手。頬に触れる指先と表情があまりにも優しく、なまえはとうとう堪えきれなくなった。

「う……うれし涙です、これは……」

 何の意味も為さない言い訳もマダラは受け止めてくれる。そんな彼だからこそ安心してそばにいられるのだとなまえは改めて思った。

 なまえが落ち着き、そろそろ帰ろうかとしていた時。なまえは思い出したように口を開いた。

「そういえば、オビトが言っていたうちはの亡霊の噂……」

 立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回して続ける。

「私がたまにここへ来るからじゃないかと思ったのですが……」

 墓地の奥にあるうちはの慰霊碑へと向かう一つの影。たしかに、偶然その姿を目撃した者が勘違いしてもおかしくはない。しかし、マダラは首を横に振る。

「所詮噂は噂……実害が出た訳でもなかろう。気にするだけ無駄だ」

 オビトからあれほど忠告されたというのにマダラは物ともしていないようだ。なまえはぽかんとしたが、その豪胆さが頼もしくもあり、そうですねと笑みを零した。
 恐らく、今後ここに来ることをためらわないように言ってくれたのだろう。なまえはマダラの気遣いに心の内で感謝した。
 その時、ちょうど真横で空間が歪んだ。なまえとマダラは同時にそちらを振り向く。

「ここだったか」

 現れたのはオビトだった。

「チャンスだぞ。今、サスケが里にいる」
「サスケが……どうしたの?」
「写真、撮りたいんじゃなかったのか?」

 そう言われてなまえはハッとする。だがカメラがないのだ。それをオビトに伝えると、そのくらい取ってきてやると言い、また空間を歪めて姿を消した。
 しばらく立ち尽くしていたなまえだったが、やがて我に返りマダラを見上げた。

「オビトって優しいですよね、すごく……」
「お前にだけだ」

 マダラはばっさりと言った。オビトがなまえに対してだけ甘いのは紛れもない事実である。しかしそれを知らないなまえは「そんなことありません」とにこにこしていた。

 数分後、戻ってきたオビトは場所を移すことを告げてなまえとマダラと共に神威で転移した。
 三人が降りたのは小綺麗な館の一室だった。それなりの広さで高い位置に窓があり、程よく日差しを取り入れながらも外から見えることのない造りになっていた。訳ありの人物が揃って撮影するにはうってつけのような場所である。

「どうしたの、ここ?」
「ああ、サクラがな……」

 オビトが説明しようとした時、この部屋唯一のドアが開いた。そこからひょっこりとサクラが顔を覗かせる。

「なまえさん、さっきぶり!」

 にこやかに入ってきたサクラになまえは目を丸くする。そして、その後を続くようにサスケとナルトも姿を見せた。

「よっ。姉ちゃんと……マダラ」
「ナルト君まで……」

 ナルトは律儀にマダラにも挨拶をする。マダラはちらりと一瞥を返しただけだった。
 これほど大所帯になったのには訳がある。
 サスケは初めから呼ぶつもりだった。最初は怪訝そうな顔をしていたもののなまえのためだと言うとしぶしぶ了承した。
 サクラは撮影役を頼むために連れてきた。なまえはオビトを含むうちは全員が揃った写真を欲しがるだろうから、シャッターを押してくれる者が一人必要だった。この面子の全員の事情を知っているサクラが適任だとオビトは判断した。サスケもいることを伝えると快く承諾してくれた。
 ナルトはというと、勝手についてきた。サクラを探しにいったら偶然一緒にいたのだ。そして勝手に話を聞いて「オレも行く!」と言い出したからオビトは好きにしろと言った。ナルトもなまえ達の事情を知っているので拒む理由はなかった。それに、なまえはナルト達とも写真を撮りたがるかもしれない。
 そしてこの場所はサクラが提案した。撮影するのにちょうどいい所がある、とここを教えられたものの、この館が何なのかまではオビトは聞いていない。安全に事を済ませられるならそれだけで十分だった。
 ――みんなの写真、欲しいな……。
 なまえが望みを口にすることは滅多にない。だからこそオビトはここまで奔走している。

「じゃあ頼む」

 オビトはサクラにカメラを預けた。サクラはカメラを構え、各々自由にしているところをまずは試し撮りする。サスケとなまえが話している瞬間だったり、ナルトが恐る恐るマダラに話しかけている瞬間だったり。そういう何気ない光景でも、写真に残しておけば後で見返した時に懐かしさに浸れるというもの。やはり撮影役としてサクラは適任であったとオビトは思った。

「じゃ、撮りますよー」

 サクラが声をかけると皆が集まった。自然となまえを囲むようにして立つうちはの男達に、サクラは微笑ましい気持ちになる。

「ちょっと、アンタはこっちでしょ」

 黒ずくめの中に混じる黄色を見つけ、呆れたように言う。ナルトは残念そうにしながらサクラの横に来た。
 サクラは改めてカメラを構え、ファインダーを覗き込んだ。なまえも含めて全員が同じ黒い髪、黒い瞳をしている。それぞれの世代は違えども一つの血で繋がっていることを感じさせられた。
 今生き残っているうちは一族がここに集結しているのだ。彼らの置かれた状況からしてこんなふうに集まることは二度とないかもしれない。
 この写真は誰にとっても貴重な一枚となるだろう。それならばとびきりのものを残してやらねばならない。この四人を前にして、サクラは臆するどころか胸に火をたぎらせていた。
 しかし――。

「……ナルト、何か面白いことしてサスケくん達を笑わせなさい」
「えっ!?」

 サクラは隣のナルトへ小声で指示をする。ファインダー越しに映る男達の顔は葬式の最中かというほど表情がなかった。たった一人、なまえだけが楽しそうににこにことしている。皆が陽気な性格でないことはわかっているが、もう少し柔らかい雰囲気を作ってほしいものである。
 ナルトは狼狽した後、変顔をしながら両手両足を駆使してひょうきんな動きをしてみせた。一斉にそちらへと視線が集まり、束の間、しんと静寂に包まれる。やがて意図を察したように、呆れたように、それぞれが表情を崩した。そして、次に皆がカメラのほうを見た時、サクラはシャッターを押した。
 その瞬間に誰よりも安心したのはナルトだっただろう。

「撮れたか?」
「バッチリです」

 確認するオビトにサクラは頷く。その返事を合図にまた空気が解けていった。なまえはマダラを見上げて微笑む。ナルトはさっさと帰ろうとするサスケを引き止めた。サクラもオビトにカメラを返し、サスケの元へ駆け寄った。

「ねえ、オビト」

 なまえがオビトに歩み寄り、サクラ達を視線で示す。あの三人を撮ってくれと言っているのだ。オビトがカメラを構えるとなまえは三人に呼びかけた。カメラに気付いたサクラ達が体の向きを変える。カシャ、と軽い音がした後、サクラが手招きをした。

「せっかくだしなまえさんも一緒に!」

 なまえはオビトに急かされて小走りに三人の中に混じった。真ん中でサクラに腕を組まれ、その両脇にナルトとサスケが立つ。なまえが照れくさそうな笑みを浮かべた時、オビトはシャッターを押した。

「今の二枚、私にもくださいね」
「オレにもオレにも!」

 サクラとナルトはわいわいと楽しそうだ。サスケは溜め息をついているが満更でもなさそうである。そして今度こそ立ち去ろうとしたサスケを今度はなまえが追いかけた。カメラのことは頭になかったが、刺繍したハンカチだけは持ってきていたのだ。

「……撮るのはいいが、現像はどうする? 自分でやる訳にもいくまい」
「ああ……まあ、やりようはいくらでもある。アンタが心配する必要はない……。なまえにも黙っておけよ」
「フン……」

 なにやら物騒な会話をしているマダラとオビト。それは聞かなかったことにして、サクラは部屋の外で話している二人に目を向けた。しばしそちらを見つめて逡巡していたが、やがて意を決したようにマダラに声をかける。

「あの、一つ提案があるんですけど――」

 なまえがいない隙にマダラと、そしてオビトにも簡潔にそれを話した。
 二人は突然の提案ながらも受け入れた。主に動くのはサクラだが少し協力してもらわなければならないところもある。流れを大まかに説明して承諾を得ると、実行に移すべく早速動き出す。

「サクラちゃんオレは……」
「アンタはもう帰っていいわ」

 後ろで待機していたナルトはがっくりと項垂れた。しかしながらナルトがいたおかげで皆がいい雰囲気になったのは事実だ。今度、一楽のラーメンでも奢ってあげよう。サクラはそう決めながら、廊下にいるなまえの元へと向かった。


 その後、なまえはサクラに連れられて仕立て屋を訪れていた。オビトは用事があると言って去り、マダラは先程の館に残っている。
 なまえは戸口に置かれた椅子に座り、店の主とサクラが話す様子を見ていた。
 なんでも、サクラはなまえに「モデル」になってほしいそうなのだ。なまえは「モデル」が何なのか知らない。サクラにせがまれて断ることもできず、マダラからも行ってこいと言われてよくわからぬままここにいた。

「あらまぁ、こんな別嬪さんが木ノ葉にいたなんてねぇ」

 店の主のおおらかそうな女がなまえを見て言った。

「こんな子にモデルになってもらえるなんて願ったり叶ったりだわ」

 人のよさそうな笑みになまえは既視感を覚えたが、奥にある着付け用の部屋に入るよう言われ、ぼんやりしながらも腰を上げる。サクラの後を追って歩いている時、柱にかけられた写真が目に入った。
 その古さからして創業者だとか先代だとかの写真だろう。しかし、そこに写る年老いた女と息子らしき男の顔を見た時、ずいぶん昔の記憶がなまえの内で呼び起こされた。

「なまえさん?」

 サクラに呼ばれ、止めていた足をまた動かす。
 縁というものは己の意思とは関係なく続いていくものなのかもしれない。なまえは、不思議そうにするサクラに「なんでもない」と笑いかけながら心に深く感じていた。

 部屋に入ってから慣れた手つきで髪をまとめられ、店主が用意した衣装を着せられてあっという間に別人のようになったなまえ。姿見で初めて自分の格好を確かめた時、思わず悲鳴を上げそうになった。
 別人になった自分に、ではなく、身にまとっている衣装に。

「こ、これって……」

 怯えた視線をサクラに向ける。着付けを手伝ったサクラは横から満面の笑みを返した。

「なまえさん、すごくきれいよ」
「こんな立派なもの……私よりサクラさんが着たほうがよかったんじゃ……」
「ダメよ。私は本番の時まで取っておきたいもの」

 一刀両断され、なまえはもう一度首から下を見下ろした。改めて見ても自分がそれを着ていることに申し訳なさを覚え、思わず身を縮こめてしまう。
 それもそのはず。何故なら、なまえが着せられたのは――。

「やっぱり。色打掛もあったのだけど、肌が白くて黒髪もきれいだから、白無垢のほうが似合うと思ったのよねぇ」

 ――全てが白で統一された婚礼用の衣装、白無垢であった。
 店主の女は、最後に、と化粧台から取り出した口紅をなまえの唇に薄く塗った。

「もうすぐ結婚ラッシュが来そうだって聞いたから、早めに準備しておきたくてねぇ。こんなきれいなモデルさんの写真を出しておいたらお客さんいっぱいになっちゃうかしら」

 女は嬉しそうに言い、撮影用の機材を設置した。

「じゃあ、撮らせてもらうわね」

 指示されたとおりに立ち方や角度を変えて数回撮影される。なまえは未だにどうしてこんな状況になっているのかわからなかったが、頼まれたからには最後までしっかりとやり遂げた。

「その白無垢のデザインはね、先代がある一人の女性をイメージして作ったものなのだそうよ」

 撮影を終え、機材を片付けながら店主が語る。疲弊しきっているなまえの代わりにサクラが話を聞いた。

「へえ……ステキですね」
「結局、着てもらえる機会はなかったみたいだけど……きっとその女性はあなたのような人だったんじゃないかって思うわ」

 その言葉にサクラは改めてなまえを見る。

「たしかに、なんだかなまえさんのために用意されたみたい……」
「そうでしょう? 不思議なくらいに似合っているのよ。おかげでとびっきりのものが撮れたわ。サクラちゃんもあなたもありがとうね」

 にこやかに言われ、サクラはとんでもないと両手を振ってみせた。そして「あっ」と思い出したように声を上げ、オビトから預かっていたカメラを取り出す。

「あの、個人的にも写真を撮りたくて……衣装とお部屋をもう少しお借りしてもいいですか?」
「ええ。お好きなだけどうぞ。私は表にいるから、済んだら声をかけてちょうだい」

 サクラが礼を言うと、店主は笑顔を返して部屋を後にした。
 襖が閉じたのを見届けて、サクラは勢いよくなまえを振り返る。

「という訳でなまえさん、ちょっとここで待ってて。服は脱いじゃダメよ、絶対!」
「えっ?」

 潜めた声で圧力たっぷりにサクラは告げた。それからなまえが何かを聞くよりも早く、外に繋がる障子を開けて出ていった。
 取り残されたなまえは、口をぽかんと開けたまま立ち尽くす。

「まだ、このまま……?」

 その悲しげな声は、誰にも届くことはなかった。


 先の館にて。壁に背を預け、目を閉じていたマダラの元にオビトが転移してきた。

「アンタはこれだ」

 差し出されたのは黒い衣。受け取り広げてみると、それはマダラにとって見覚えのあるものだった。

「まだこんなものが残っていたとはな……」

 マダラは笑いを含めた声音で言う。
 かねてよりうちは一族の男が着用してきた伝統的な形の服。昔はマダラもよく着ていたが、一族が滅び、里も一度の崩壊を経た現代において、これほど状態のいいものが残っているというのは素直に驚くべきことであった。

「アンタは袴って感じでもないだろ……そっちのほうがお似合いだ」

 それが皮肉か本心かはどうでもいいことである。オビトは背を向けるとマダラに早く着替えるよう促した。
 マダラは外套を脱ぎ、上の服を頭から被った。下に着ていた服は薄手のものだったため着膨れすることはない。袖を通し、懐かしさを覚えながらベルトを締めて、先程のサクラとの会話を思い出す。
 ――前、なまえさんから聞いたんです。その、話の流れで……。結婚した時、式は挙げなかったって。里ができたばかりでそういう状況でもなかったし、親族もいないから別によかったって言ってました。でも、今なら……。なまえさんもきっと喜ぶと思うんです――。
 二人で写真だけでも撮ればよかった。それはマダラも思わなかった訳ではない。だが、後悔した時には遅かったのだ。

「……サクラからの合図だ。準備はできたか?」

 廊下の向こうの窓を眺めていたオビトが言った。
 皆がなまえのために尽くそうとしている。それなのに、自分だけが傍観している訳にはいかない。

「ああ」

 振り向いたオビトが近付き、肩に触れた。
 うちはの家紋を背に、マダラは愛しい妻の元へと向かう。



「あっ」

 転移したオビトとマダラの姿になまえが声を漏らした。白無垢に身を包んだまま、驚きに目を丸くする。

「どうして二人が……」

 オビトはちらりと一瞥した後、先に戻っていたサクラのほうへ移動する。

「こっちはオレが見ておく」

 人が近付かないように襖の隙間から見張るつもりらしい。その背中は、邪魔するつもりはないと言っているようでもあった。

「なまえ」

 マダラはなまえを呼んだ。状況が一つもわかっていないらしい瞳がこちらを向く。それでさえすでに愛おしかったが、ひとまず爪先までゆっくりと見下ろした。

「……よく似合っているな」

 自然と出た言葉だった。うちはの黒衣とは対照的な白のデザインは、なまえのためにあつらえられたかのように違和感なく馴染んでいた。
 現代風にまとめられた髪も薄く塗られた口紅も、決して派手ではない、静けさをまとったようななまえの美しさを存分に引き立てている。心だけでなく見目もこれほどに美しかったのだとマダラは再認識させられた。

「そうでしょうか……。なんだか落ち着かなくて……肩も重たいし……」

 なのに、当の本人はこれである。離れた二人の空気が微かに震えたのを感じた。
 マダラももうわかっている。なまえは昔からこういう女なのだ。精一杯の褒め言葉でも本心からの褒め言葉でも滅多に通用しない。
 しかし今回に限っては、なまえが「頼まれたから着ている」と思っているせいでもあるだろう。初めからなまえのための計画であることを伝えていれば、今とは真逆の反応を示していたはずだ。それ以前に遠慮して断っていた可能性のほうが高い。それを考えると、頼み事の体で着せることに成功したのは喜ぶべきことであり、また、恐らくそこまで予見して策を巡らせてくれたサクラには大いに感謝せねばならなかった。

「マダラさんももでる……ですか?」

 マダラの服が変わっていることに気付き、なまえが問う。

「そんなところだ」
「あれ? でも、その服……」
「あ、せっかくだから一枚撮っちゃおうかな! 二人ともこっち向いてください」

 わざとらしくサクラが声を上げた。なまえが何かに気付いてしまう前に気をそらしたのだ。狙い通り、なまえは途端に「この格好で?」と慌て始める。
 マダラはそんななまえの背に優しく触れた。戸惑いの色を含んだ瞳が見上げてくる。

「これも思い出になる」
「……思い出……」

 なまえはマダラの言葉を繰り返した。そして、次第に気を取り直すといつものように微笑みを浮かべた。
 それを合図に、夫婦らしい、寄り添うくらいの距離で並んでサクラのほうを向く。サクラがシャッターを押し、過去に叶えられなかった夢の一つがここに形になった。
 それが嬉しくて、マダラはつい欲張ってしまう。いや、あまりにもきれいななまえを前に気持ちを抑えられなかったのかもしれない。
 サクラにちらりと目配せをする。サクラは瞬時に察したらしくカメラを構えた。彼女も十分に敏い。
 マダラは無言でなまえへと体を向ける。どうかしたのかと同じように向いたなまえは、やはりマダラの服が気になるらしく袖に触れようとした。しかし、その手はマダラによって掴まれる。
 不思議がって顔を上げたなまえをじっと見つめた。そして、愛おしむように頬に触れる。それは一種の合図のようなものである。これから起こることを予感したなまえは咄嗟に身を引こうとするが、衣装を崩してはならないという考えが先に立ち、動くことができなかった。

「――っ」

 息を呑むのが聞こえて、つい振り返ってしまったことをオビトは後悔する。即座に記憶から消して見張りを再開した。
 シャッター音はなまえの耳に届いただろうか。それどころではなくて聞こえなかったかもしれない。暗に指示されたとはいえキスシーンを収めることに成功してしまったサクラはテンションが最高潮に達し、近くにいたオビトにその喜びを共有しようとする。
 だが、サクラの力は強い。軽く肩を叩くつもりが重いフック並みの威力になり、不意打ちでそれを受けてしまったオビトは勢いよく襖にぶつかった。

「…………」
「ご、ごめんなさい、つい……。大丈夫ですか?」
「……いや、平気だ。それより店の奴が来るぞ」

 かなりの物音がした。聞きつけた店主が様子を見にやってくるだろう。サクラはやってしまったと心の内で反省しながらオビトにカメラを返した。

「も……もでるはこんなこと人前でしません」
「人前じゃなかったらするのか?」
「そういうことではなくて……」
「モデルの役目もとっくに終わっているはずだが」
「えっ? じゃあ今のは……」
「おい、見つかる前にずらかるぞ」

 顔を真っ赤にして抗議するなまえと、珍しくそれをからかって遊んでいるマダラ。どれほど上機嫌なのかは一目瞭然である。しかし待っている余裕もなく、オビトはマダラと共に時空間へと身を隠した。
 取り残され、人前で口づけをされた恥ずかしさに打ち震えているなまえ。その相手が去り、縋るものもなく、とうとうサクラに助けを求めた。

「サクラさん……」

 その姿が小動物のようでサクラは庇護欲をかき立てられる。なまえのほうがずっと年上のはずなのに、幼く見えてしまって仕方がない。

「もう、なまえさんったら」

 サクラは眉を下げて笑い、なまえにハグをした。もう着崩れしてしまっても大丈夫だろう。慰めと祝福といろいろな気持ちを込めて、このかわいらしい人を抱き締める。
 その後、襖の向こうから声をかけてきた店主になまえの着替えを手伝ってもらい、その日の一大イベントは終わりを迎えた。



 そんな慌ただしかった一日からしばらくが経った。その日の雨隠れの里は珍しいことに青空が広がり、里中に陽が降り注いでいた。人々は傘も合羽もなく外を歩き、立ち止まっては空を見上げている。
 里民によると今日は「天使が還った日」らしく、毎年その日だけはこうして空が晴れるのだそうだ。その「天使」と呼ばれていた人物を信仰していた者も多く、空へと祈りを捧げる人の姿もあちこちで見られた。
 なまえはというと、もちろんはしゃいでいた。隣にある同じくらいの高さのビルの屋上でマダラに物干し竿を作ってもらい、ここぞとばかりに布団やシーツを干した。そしてその横で日光浴をしたりストレッチをしたりして年に一度のこの里での晴天を満喫していた。
 時々、隣にいるマダラを訳もなく見ては嬉しそうに笑みを浮かべる。そんななまえを見ているとマダラも心が安らいだ。
 尻が痛いのか地べたを何度も座り直しているなまえのために、マダラは敷物を取りに戻った。あの調子では日が暮れるまであそこにいるだろう。使っていなかったクッションを押し入れから見つけ、これなら汚れてもいいかと思い小脇に抱える。その時、玄関のドアが開く音がした。
 この家に勝手に入ってくるのは一人しかいない。マダラは動かしかけた足を止めて彼が居間へ来るのを待った。ここからではなまえのいる場所が見えないからだ。
 そっと戸が開けられて視線が合う。奇妙な沈黙が二人の間に広がった。

「……なまえは?」

 オビトが問う。用があるのはなまえだということは端からわかっていた。マダラは「外だ」とだけ返す。オビトは首を傾げた様子でベランダに出た。そして数秒もしないうちに戻ってくると、呆れた顔でマダラに言った。

「目立つような真似はするなと言っただろ……アンタからもよく言い聞かせておけ」

 オビトのその言葉に、マダラは鼻を鳴らして笑う。

「なまえがオレの言うことを聞くと思っているなら大間違いだ」

 一見情けなく思えるセリフだが、マダラは楽しげだった。

「前から思っていたが、アンタらよくそれで……」

 オビトはマダラの脇に挟まれているクッションに気付き、ちらりとそれを見る。

「……いや、似た者同士ってことか……。まあいい、なまえに渡しておいてくれ」

 そう言ってオビトは懐から紙の包みを取り出した。それを受け取った時、マダラはすぐに中身がわかった。だからこそ疑問に思い、オビトに言う。

「お前が渡せばいいだろう」
「あいにく忙しい身でな。それと、これもだ。気に入ったものはこれに入れるといい」

 テーブルに置かれる三つの木枠。それが写真立てであることくらいマダラは知っていた。
 先日までに撮り溜めた写真の現像が終わったのだ。オビトはサクラやナルトが欲しいと言っていた分もしっかり分けて、いち早くなまえの元へと持ってきた。わざわざ飾るための写真立てまで用意して。
 自分達の顔が写ったものをどのようにして現像させたのかは聞かぬほうがいいだろう。オビトはそれだけだと言って帰っていった。マダラも写真とクッションを手になまえの元へと戻った。

 暖かい日差しを浴びながら眠りかけていたなまえ。マダラの気配に体を起こすと、渡されたクッションを早速敷いた。続いて差し出された包みを不思議そうに受け取り、中を開く。入っているのが写真だとわかった途端、オビトが来たのかとマダラに聞いた。忙しいからとすぐに去ったことを伝えたが、なまえは顔を見られなかったことに酷く落胆する。こうなるのがわかっていたからマダラは自分で渡すよう言ったのだ。
 なまえは肩を落としながらも写真をめくり始めた。そこに写ったものはなまえの気分を瞬く間に変えていく。そんななまえの横から顔を寄せてマダラも覗き込んだ。
 一枚一枚じっくりと眺めながらめくっていく。どの写真にもなまえの幸せそうな笑顔が写っていた。見ているだけでつられて笑みが零れてしまうほどに。
 そうして上から順番に見ていき、最後の一枚をめくった。それが見えた瞬間、なまえは写真を勢いよく胸元に引っ込めた。

「なんでこれが……」

 なまえは俯き、頬を赤く染める。横から覗いていたマダラにもその写真は見えた。
 サクラはうまく撮ってくれたようだ。マダラは口元に笑みを浮かべる。愛しいなまえの姿を形にして残すのもたしかに悪くない。
 それを一番下に隠したなまえは、何か言いたげな顔でマダラをじっとりと見つめるのであった。

 それから日が暮れる前に布団を取り込み、ビルの屋上から撤収した。部屋に戻ってからのなまえは、オビトが置いていった写真立てにどの写真を入れるかでかなり悩んでいた。写真立てが三つしかなかったからだ。
 結局、うちはが揃ったもの、サクラ達と写ったもの、白無垢を着てマダラと撮ったものにした。口づけの写真にしないのかとマダラが問うと、なまえは「しません」と即答した。マダラは少し残念に思った。
 写真立ては居間の棚の上に置き、残った写真はその引き出しの中へと仕舞われた。なまえは近くを通りかかるたびに写真を眺め、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
 夜になると、風呂を済ませてからまた外へ出て夜空を楽しんだ。月明かりの下ではマダラも過ごしやすかった。毛布とクッションを持ち出し、寄り添うようにして座る。一枚の毛布に二人でくるまるとそれだけでなまえは楽しそうだった。なまえの体温を感じていればマダラも寒くなかった。

「マダラさんは夜空が好きなのですか?」

 星を見上げるマダラになまえが問う。マダラは、覗き込んでくるなまえに目を向けて問い返した。

「何故そう思う?」
「昔から、夜空を見上げる時のマダラさんはとても穏やかで……私、そんなマダラさんの横顔を見るのが好きだったんです」

 なまえは過去の記憶を懐かしむように話す。

「でも、そうしているとマダラさんがこっちを向いて……。嬉しいような、少し残念なような気持ちになっていました」

 マダラは、なまえの自分への思いをわかっているつもりだった。だが、それはほんの一部分でしかなかったらしい。
 なまえは言葉にしてこなかったことがあまりにも多すぎる。それはここ数か月でマダラが感じ続けてきたことであった。

「そんな時間も私にとってはとても愛おしいものだったのです。だから、一年に一度でも、またこうして一緒に夜空を眺められるのがすごく嬉しくて……」

 今さらだとしても、思いを言葉にして伝えられ、嬉しさを覚えぬ男はいないだろう。マダラはなまえを抱き、自身の脚の間へと引き込んだ。じたばたしていたなまえを毛布で包み込むと大人しく収まった。こうすると互いに顔は見えなくなるが、今のマダラにはそのほうがよかった。
 なまえは何も言わず、マダラの腕にそっと手を重ねる。もっと触れてほしいと思うのは、今、己の内でなまえへの思いが溢れているからだろうか。
 マダラはたまらなくなりなまえの首筋に顔をうずめた。なまえの体にわずかに緊張が走ったのを感じる。微かに笑ったつもりがしっかり聞こえたらしく、なまえはいたたまれなさそうに、触れた腕をすりすりと撫で始めた。
 やがてマダラは顔が離すと今度はなまえから体を寄せてきた。横を向き、頬を胸に寄せて体重を預ける。
 眠たくなってきたのだろう。なまえが甘えてくるのは大抵そういう時だった。

「……私、思ったんです。もでるっていうのはうわべの話で、本当はみんなが私達のために考えてくれたんじゃないかって」

 マダラの腕の中で、ぽつりとなまえが零す。さすがに気付かないほど鈍くはないようだった。
 けれどもマダラはサクラ達の尽力を知っているため曖昧な言葉を返す。

「かもしれんな」
「……木ノ葉の子供達は本当に優しい子ばかりですね」

 その優しさが当たり前のものでないことはなまえもわかっているはずだ。
 なまえだからこそここまで慕われ、尽くされている。里や人々への一途な思いや、決して闇に染まることのない美しい心が皆を引きつけるのだ。

「これから償いはしていくけど……私、里のみんなに恩返しもしていきたい……」

 その在り方こそが皆に好かれる要因なのだと本人はわかっているのだろうか。

「マダラさんにも返したいものがたくさんあるんです」
「……オレはもう十分だ」

 なまえと過ごすこの時間が十分すぎるほどマダラの胸を満たしていた。
 気持ちは嬉しいが、それならその分を里の皆にしてやればいい。欠けた月を見上げながらマダラは思う。

「……本当に?」

 体を離したなまえが静かな声で言う。顔を向ければ、星々さえ映してしまいそうな丸い瞳がこちらを見上げていた。
 マダラはその時初めてなまえが眠気など感じていないことを知る。

「本当に、十分ですか?」

 問いの意図を測りかねているマダラになまえはもう一度言った。じっと目を見つめられて、マダラはようやく気が付く。そういうことか、と笑みを零すと、真剣だったなまえの表情も崩れて微笑みが浮かんだ。そのまま口づけをして、なまえを優しく抱き締める。腕の中で「ふふ」と嬉しそうに笑うのが聞こえた。

「敵わんな、お前には……」

 表面上でどれほど取り繕おうともなまえの前では意味をなさない。マダラは偽りを口にした訳ではなかったが、さらにその奥に秘めていたものになまえは気付いてしまったのだ。
 愛した女に触れたいと思うのは当然のこと。しかしなまえの体調や自分の置かれた立場等からマダラは少しばかり遠慮していた。そのことになまえも気付いていたのだろう。
 本人からの許しが出たならばもう遠慮する必要はない。この胸に秘めた思いをこれまで以上に伝えていこう。今なら余計な心配もなく、なまえのためだけに全てを使うことができる。

「…………」

 温もりに浸っているうちに動かなくなったなまえ。見下ろすと、体を寄せたまま今度こそ眠ってしまっていた。
 なまえのこの期待をさせておきながらのマイペースさが、マダラは昔からどうしても憎めなかった。
 起こさないよう毛布をかけて抱き上げる。雲がかかり始めた夜空を仰ぎ、雨が降り出す前に部屋の中へと戻った。
 そして、ベッドに寝かせたなまえを前に、マダラは思う。
 ――なまえは、こうでなくては。
 他の誰にも見せることのない優しげな笑みで、いつまでもその寝顔を見つめていた。