部下


 扉間はうちはなまえという女を直属の部下に迎えることになった。なまえはさほど難しくはない任務でも怪我をして帰ってくる問題児かと思われていたが、実際は仲間に嵌められているだけだったらしい。それをマダラが自らの目で確かめたというのも、虐げられていた本人が平然としているのも扉間にとっていささか不気味ではあったが、しばらくは様子を見ることにした。
 マダラがこの女を差し向けたのではないかという考えが頭を過ったのだ。
 なまえは淡々と任務をこなしていった。傷を負うこともなくなって、やはり仲間に貶められていたのだということが明らかになった。その件について扉間は一度なまえに聞いてみたことがあったが、本人は「敵同士だった一族もあるのだから無理もない」というようなことを表情を変えずに言ってのけた。うちはなまえという女がどういう人間なのか、扉間はこの日より知っていくことになる。

 結論から言えば警戒などするだけ無駄だった。なまえはひたすらに任務を受けにくるだけで無駄な喋りはしない。素っ気ないように思えるが、こちらが忙しくしていると手伝いを申し出てくる。そばに置いて仕事をさせていても言われたことを黙々とやるだけで妙に近付いてこようとはしない。それでいて敏く様々なことに気付き、時折、こちらを気遣う優しさも見せた。遠慮がちに差し伸べられる手には裏表などないように思えた。
 ある日、扉間はなまえとマダラがすれ違うところを見かけた。マダラのほうはなまえをちらりと見たが、なまえはわずかに顔を伏せたまま挨拶もなく通り過ぎていく。二人に繋がりがないことはそれだけで察せられた。あれは、マダラが一方的に守っただけだったのだ。

 なまえがただの真面目な女だということがわかったのは、とある遣いに出した時だった。扉間は一通の文とともになまえに任務を言い渡す。返事をもらってくるだけの簡単な任務だ。行き先が少し遠いというだけで、誰にでもできる遣いである。
 日が沈み始めた頃になまえは戻ってきた。先方の返事はわかりきったようなものだ。扉間は書き物をする手を止めずに報告を促す。しかしなまえは言葉を発さず、相手から受け取ったであろう文を一向に出そうとしない。
 扉間は怪訝に思い、顔を上げる。

「……すみません……」

 ようやく口を開いたかと思えば、なまえはいかにも苦々しい様子で言った。何やら問題が生じたようだ。扉間は筆を置き、話を聞き出す。

「どうした?」
「その……大事な返事を私には預けられないと……」
「何故だ。こちらからの文は渡したのか?」
「はい。…………」

 頷いた後、なまえは妙な間を置いた。何か言いづらいことがあるらしい。
 問題があったなら改善して次へと繋げなければならない。この程度のことで落胆されていては困る。普段の扉間ならそのようなことを言っていただろう。それなのに、口から出た言葉はそれとは異なるものだった。

「お前に非があったとしても怒りはせん。思い当たることがあるなら言ってみろ」

 何故なのかはわからない。すると、なまえは視線を落としたまま話し始めた。

「……相手の方は私のことが気に入らない様子でした。どこかで無礼を働いてしまったのかもしれません」

 なまえに頼んだのは、先方に文を渡しその返事を受け取るだけ。そのわずかな間に無礼など働けるものだろうか。少なくとも、扉間が接する限りではなまえは思慮深く、言葉遣いも丁寧で、人の神経を逆撫でするような態度を取る女ではない。この落ち込みぶりからしてもなまえが意図して何かを仕出かしたということはまずないだろう。
 では、いったい何が原因なのか。腕を組んだ時、扉間の頭に先程のなまえの言葉が蘇った。
 ――大事な返事を私には預けられないと……。

「そういうことか……」

 扉間は呟いた。瞼を閉じ、大きく息を吐く。問題があるのはなまえではなく向こうのほうだったらしい。

「あの……」

 呆れているところに、なまえがおずおずと声を発した。

「何だ?」
「今後は、代わりの方がそこへ行くことになるのでしょうか」

 自分では駄目だったから、次は別の者に行かせるのかと聞いているのだ。なまえといえども、さすがに思うところがあるのかもしれない。扉間は心情を察しながら頷きを返す。

「そうなるな」
「だったら、私も同行させていただけませんか? みなさんがどういうふうに話しているのか知りたくて……。部屋の外で待たせてもらう形でも構わないので……」

 扉間の顔色をうかがうようにしながらもなまえはどこか必死だった。静かな声に反して、胸元で強く握られた手からそれが伝わってくる。
 扉間はそこでようやくなまえのことを理解した。
 思惑などない。うちはなど関係ない。ただ懸命に自分にできることをやろうとしているだけの女だ。

「お前を遣いに出したのは今回が初めてだったか」
「はい」

 今回、文の返事をもらえなかったのは、なまえがうちは一族で若い女だったことが関係しているだろう。それと、初めてのことによる緊張が薄らと態度に現れ、相手に攻撃する隙を与えたのだ。
 長きに渡って千手一族と敵対していたうちは一族を、その生まれというだけで蔑む者も少なくない。人ではなく血を見て態度を豹変させるのだ。まだ里もできたばかりで火の国一帯にその認識が残っているのは致し方ないこと。それは協定を拒み続けたうちはの自業自得とも言えるが、此度のように里の運営にまで支障を来たすのならば少し考える必要があるかもしれない。
 なまえはそうしたもののせいにはせず、相手からの信用を得られなかったのは己の未熟さが原因だと思っているようだ。そのうえ、それを素直に認めて反省し、改善するためにどうするべきかまで考えている。
 優れた血を持ちながら。いや、そうでなかったとしても、自らその行動を取れる者はどれだけいるだろう。

「……今回の件はもういい。お前に問題があったのではなく、オレの考えが及ばなかっただけだ」
「いえ、そうではないと……」
「いや、そうだ。今日のことは忘れろ。わかったな」

 なまえを育てれば必ず里のためになる。これからのうちはにとって、里にとって、その存在はよい手本となるはずだ。
 なまえが秘める可能性に気付いた時、扉間はぞくりとして身を震わせそうになった。

「それと、明日からはしばらくオレに付け」
「……えっと……」

 思わぬ展開に話が進み、困惑を極めているなまえ。そんななまえを見て、扉間は自然と口の端が上がった。

「いろいろと教えてやる」

 そう言うと、少しの間の後、なまえは目を見開き輝かせた。
 なまえの年はいくつだったか。静かにしていれば大人びて見えるが、時折見せる表情にはまだ幼さが残り、本来はもっと感情豊かな女なのだろうと感じさせられる。

「ありがとうございます」

 とはいえ、やるからには厳しく教えていくつもりだ。泣き言を言っても容赦しない。そんなことを思いながらも、扉間は久方ぶりに胸が躍るのを感じていた。