休日の昼下がり。ソファーの前に座りテーブルに向かっているなまえと、その後ろでソファーに腰をかけてなまえの髪を梳いているマダラがいた。
豚毛の高級ヘアブラシでていねいにくしけずられたなまえの髪は美しい艶をまとっている。マダラはすることがなくなるとこうして意味もなくなまえの髪を整えては満足げに眺めるということをしばしば行っていた。
しかし、この日はいつもと少し違った。
「なまえ、お前に会わせたいやつがいる」
髪を扱われている間も大学の課題に取り組んでいたなまえは、ペンを持つ手を止めて後ろを振り返る。梳かれたばかりの黒髪がそれに合わせて揺れた。
「え?」
「今から来る」
「……え?」
え、え、と混乱し始めるなまえの肩にぽんと手を置き、マダラは腰を上げる。その時、ちょうどインターホンの呼び出し音が鳴った。
誰なのかも告げられぬまま事態が迫り、なまえは焦る。「ここで待ってろ」とマダラは玄関へと向かった。硬直したままその背を見送っていたなまえだったが、はっとして我に返る。ノートやペンをまとめてテーブルの端に寄せ、立ち上がって身だしなみを確かめる。髪を整えてくれていたのはこのためだったのだろうか。
玄関のドアが開いた音がする。立ったままでいるのも変かと思い、なまえはソファーに座った。緊張のせいかいつもより背筋が伸びている自分が、正面にあるテレビの真っ暗な画面に反射していた。
一体誰なのだろう。そわそわとして落ち着かず、膝の上に置いた手を無意識にさする。間もなくリビングのドア開けられて、なまえは心臓をドキリとさせた。
「なまえ」
マダラに呼ばれてそちらを向く。そして、マダラの後に続いて入ってきた人物を見て、なまえは目を見開いた。
「弟のイズナだ」
呆然として固まっているなまえにマダラが言った。そこでまたなまえは我に返り、慌てて腰を上げて二人のもとへ寄る。
「なまえです……うちはなまえと言います」
「イズナです。初めまして……だよね?」
なまえはこくりと頷いて、差し出された手を握った。
「……なんでだろう。懐かしい感じがするんだ」
そう言ってイズナは微笑んだ。握手を交わす二人を、マダラはそばで見守っている。
「ずっと、ずっと会いたかった……」
なまえは目に涙を浮かべながらイズナの手を両手で包んだ。
確かな温もり。まぼろしではない、本物の彼が目の前にいる。
ぐすぐすと鼻をすすり始めたなまえに、イズナは困ったように笑ってマダラを見た。
ずっと、というのがどれほどの時の長さなのかマダラは知っている。知らないはずのイズナも、その言葉に含まれたなまえの思いを感じ取っているようだった。
仕方ない、といった様子でマダラも笑みを浮かべる。それは、心を許した者の前でしか見せない穏やかな顔だった。
マダラはなまえの背に優しく手を添えた。それを見たイズナももう片方の手でなまえの肩にそっと触れる。二人に慰められるようにしてなまえは顔を上げた。そして少し恥ずかしそうに笑うと、細めた目元からひとすじの涙がこぼれた。
会えたことを心から喜んでいる美しい涙。どれほど願っても取り戻せなかったものが、今、ここにはあった。