今日の柱間は普段の柱間とは違った。朝から真面目に席に着き、やるべきことを正午には終えた。いつもなら里の運営に関して思い付きの提案などをしてマダラを呆れさせていたのに、どういうわけかそれもなかった。
柱間は束ねた紙を机に置き、ふうと息を吐いて肩を回す。マダラはその姿を横目に見て、間違いなく何かがあることを確信していた。
関わらぬよう今のうちに部屋を出るべきかと考えていると、おもむろに顔を向けてきた柱間と視線が合ってしまった。
「マダラよ」
「なんだ」
「今日は天気がいいな」
「そうだな」
「桜もよく咲いていて見頃だと思わないか」
「……まあな」
「よし、なら行くぞ」
柱間は机に両手をついて立ち上がる。
今から花見に行こうというらしい。
「待て。オレは行くとは言ってない」
「なまえも今日は家にいるんだろう。場所はオレが取っておくからお前はなまえを呼んできてくれ」
柱間は「じゃあ後でな」とマダラの話も聞かずに部屋から出ていった。
こういう時、柱間は何かにつけてなまえを呼ぼうとした。柱間からの誘いとあればなまえが断れるはずもなく、毎度嫌な顔一つせず応じてくれているが、精神的に負担がかかっていないかマダラはいつも心配だった。
とりあえずなまえに聞いてみて、少しでも嫌がる素振りを見せたら断ってやろう。ひとまずそう決めて家に戻ることにした。
帰宅して、居間で寛いでいたなまえに事情を話した。するとなまえは「行きたいです」と思いのほか乗り気の反応を示した。
「柱間もいるが……いいのか?」
「え? あ……お二人の邪魔になるなら……」
途端に表情を曇らせたなまえに、マダラは慌てて弁解する。
「そうじゃない。お前の負担にならないかと思っただけだ。……あいつはオレというよりもむしろお前を呼びたいらしいからな」
そう言うと、なまえはきょとんとした顔をする。柱間に所望される理由がわからないのだ。
「どうして私なんでしょうか……」
「…………」
マダラにはいろいろと察しがついていたが、黙っていることにした。
数分後、マダラは支度を済ませたなまえと共に家を出た。場所を取っておくとしか言っていなかった柱間を探すべく桜並木のある道を二人で歩く。皆同じように花見に来ているようで、川沿いの通りには特に多く人が集まっていた。
この辺りを歩いていれば柱間も見つかるだろう。マダラはそんなふうに考えながら横にいるなまえを見る。なまえは感嘆の声を漏らしながら桜の花を見上げていた。
楽しげななまえを見ているとあれこれ考えていたこともどうでもよくなってくる。マダラはこうしているだけで十分なように感じたが、自分達のことを待っているであろう友をそのままにするのはさすがに気が咎め、なまえの歩調に合わせながら周囲を探した。
「マダラ! なまえ!」
遠くから呼ぶ声がして足を止めた。川を挟んだ向かい側から柱間が手を振っている。マダラとなまえは橋を探してそちらへと渡った。
案内する柱間について行くと、一つの長椅子の上にすでに茶と甘味が用意されていた。甘味屋が外に出している席を借りたらしい。
「見てのとおり賑わっているからな。一つしか余ってないそうだ。まあ、並んで座るのも悪くないだろう」
柱間は盆の脇に腰を下ろし、二人にも座るよう促した。大人が三人座ってもゆとりがあるくらいの広さの長椅子だ。端に座った柱間に対し、マダラも反対側の端に座った。
「なまえ」
柱間がにこにこと笑みを浮かべてなまえを呼ぶ。なまえは「真ん中……」とつぶやくと、恐れ多いかのように両手を結び、柱間とマダラの間に小さくなって座った。
「扉間にも声をかけたが忙しいと断られた」
柱間は残念そうにしているが、扉間が断るのは無理もなかった。
盆にあった湯呑みをなまえから渡されてマダラは早速一口飲んだ。その味に思わず眉を寄せ、もう一度確かめるように飲む。
「変わった味だな」
そうつぶやくと、ふうふうと茶を冷ましていたなまえと、何故だか楽しそうにそれを見守っていた柱間が同時にマダラのほうを向いた。
「桜の葉を使っているんだろう。たまにはこういうのもいいな」
まだ飲んでいなかったのか、湯呑みに口をつけた後に柱間が言う。
「菓子も桜饅頭に桜餅と桜づくしぞ。なまえ、甘いものは好きか?」
「嫌いではないですが、そんなに食べたことがなくて……」
「そうか。なら今日はいろいろ食べてみるといい。まだ他にも持ってきてくれるらしいからな」
柱間がそう言った時、盆を持った女が近付いてきた。そこには団子の載せられた皿がある。なまえが湯呑みを置いて受け取ると、柱間は早速串を一つ取った。
「これも鮮やかだ」
桃、白、緑の色をした三食団子。柱間はそれを桜にかざすようにして掲げる。
なまえは両手で皿を持ったままマダラのほうを向いた。ぼんやりと二人の会話を聞きながら景色を眺めていたマダラは、それに気が付いて串を取る。なまえの顔はどこか生き生きとしており、この状況を楽しんでいるのが伝わってきた。
それがわかった時、マダラの気持ちも幾分か和らいだ。どうやらいらぬ心配をしていたらしい。
「なまえもこんな色の着物を着てみるといいんじゃないか。きっと似合うぞ」
「え?」
突然そんなことを言われたなまえは困惑した様子で団子を見つめる。
「お前もそう思うだろ? マダラ」
話を振られ、マダラはそちらを向いた。二つの顔がそれぞれ違う表情をして自分を見ている。
「…………」
お前の服のセンスは当てにならない――そう言おうとしたのを飲み込み、マダラは返す。
「悪くないかもな」
自然と笑みも零れたのは、少なからず自分も浮かれているからだろうか。
柱間は「ほらな」と心底嬉しそうになまえの背を軽く叩いた。衝撃で落としそうになる団子に慌てながらも、なまえの頬はほんのりと桜色に染まっている。
「このあと三人で探しにいってみるか」
「き、着物をですか?」
平和な里の景色に、大切な二つの存在。今ここに、自分にもまだ残されたものがあることをたしかに教えてくれている。
こんなふうに過ごす日があってもいいのかもしれない。団子を頬張りながら、マダラはこのまばゆい光景に目を細めた。