クナイに雷遁を流して目の前の岩に突き立てる。沈んだ切っ先から不規則に雷を放出させると、様々な大きさに割れた岩が地を揺らして転がった。舞い上がる砂埃に目を細め、なまえは次の岩へと足を運ぶ。
本日の任務は、現在開発中の温泉街で風呂に敷き詰めるための岩を拵える事だった。運搬は現地の者がやるので岩を割るだけで構わないらしく、雷遁を得意とするなまえが派遣された。土は雷に弱いという相性関係にあるため特別な道具や怪力を用意しなくても簡単に砕けるのだ。「もう少し小さく」「この面を平らに」などという依頼者の要望に応えながら次々に岩を割っていった。
サクサク進んだお陰で、昼を過ぎた頃には必要な量を揃えられたようで任務は完了となった。なまえは少し刃こぼれのしたクナイを袖の内に仕舞い、砂塵対策のマスクを首元まで下げて依頼者の元へ挨拶に向かう。
「必要になればまた呼んでください」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
話によると、あと二月もすれば完成に至るらしく、その際はぜひ訪れてやってほしいと依頼者が白い歯を光らせて笑った。なまえは快く承諾した後、報告に向かうため晴天の下を颯爽と歩いた。
係の男に報告を終えると、時間があれば研究棟に来るよう扉間が言っていたと伝えられ、なまえは新たな目的地へと足を進める。研究棟はその名の通り忍術の開発や研究をしている施設だ。並みの忍よりは幾分か多いチャクラを持ち、まだ里に少ない雷遁使いのなまえは時々こうして協力を要請されていた。とは言っても、研究員が編み出した新術を試すだけの簡単な手伝いでしかないのだが。
入口を跨ぎ、見知った顔を探して回っていると、背中から声がかかって振り返った。分厚い書物を脇に抱えた扉間が忙しない足取りで迫ってきて口早に告げる。
「突然呼び立てて悪かったな」
「いいえ、大丈夫です」
「いつもの部屋だ。よろしく頼む」
「わかりました」
それだけ言って早々に立ち去る姿を見送ったなまえは、何やら忙しそうだなと心の内で呟いて階段を上った。指定された部屋へ入るといつもの研究員の女に迎えられ、挨拶もそこそこに実験に取り掛かる。
「それにしても、相変わらず綺麗な稲光ですよね」
幾つか試して、印の組み合わせについて助言していると研究員がふと零した。
うちはの血を継ぐなまえは、正しく火の性質を備えたチャクラを持って生まれたが、雷の性質変化を覚えてからは直感的に扱えて何かと便利な雷遁を主に使うようになったのだ。
「そうですか?」
「ええ! なまえさんの放つ雷は澄んでいて、私、好きなんです」
それは錯覚だろうとなまえは思った。術者によって色や質が変わる事などあるはずもなく、この女がそう思い込んでいるだけに違いない。
「火遁はあまり使われないのでしたっけ?」
「はい。思い切り吹くのは気持ちがいいんですけど……最近は術自体使ってなくて」
「それは勿体ない。でも、やはりうちはなのですね」
研究員の女は穏やかに微笑んだ。火遁忍術はうちはの代名詞と言えるため、それを好むのも当然であろう。研究員の間で、分け隔てなく献身的ななまえは本当にうちは一族なのかと疑う声も上がっていたが、そういう話を聞くと、確かにその血が流れているのだと改めて認識させられる。
机上の巻物に目を落とすなまえを見て、そういえば、と思い出したように口を開いた。
「なまえさん、ご結婚なさったと風の便りに聞きましたが……」
黙っていても広がりを見せるのが噂というものだ。しかし、その事実を隠している訳でもないのでなまえは素直に肯定すると、女がキラキラと目を輝かせて距離を詰めてくる。
「お相手、わかる気がします。言い当ててみせましょうか、ズバリ……」
鼻息荒く壁際まで追いやられ、なまえは口元を引き攣らせた。その様子にニヤリとした女は、勿体ぶるように一呼吸置いた後、「うちはマダラさんですよね」と囁くように言う。
もともと、結婚した事は一族内でも一部の人間にしか伝えておらず、それ以外には柱間と扉間くらいしか知らないはずだった。だが、なまえもマダラも外で普通に会話したり共に家路についたりしているので、その関係を推察するのも難しくはないだろう。
再び肯定してみせたなまえに満足がいったらしい女はようやく体を離した。
「でも、お仕事は辞められなかったのですね。どうですか、結婚生活は? 大変じゃありません?」
そう聞かれて、なまえはこれまでの生活を振り返ってみたが、仕事と家事の両立を辛いと思ったことはない。料理は自炊していたのが二人分になっただけで、掃除をするのも元から嫌いではなかった。近頃は一緒にいるのが心地よく、敢えて大変と言うならば不意に行われるスキンシップくらいなものだが、それを含めて考えてもこの毎日に不満など浮かばなかったのである。
「いえ……悪いものではないですよ」
そうはにかんだなまえを見て、女は心底驚いたように目を丸くする。仕事を通してしか関わったことがないものの、その様子はどこにでもいる少女のようで、普段のなまえでは到底見せないであろう顔をしていたからだ。
「なまえさんをお嫁さんにもらえて幸せでしょうね」
「……それは、私にはわかりませんけど……」
だって、なまえがこんな可憐な表情を見せるなんて、大層慕われているのが一目にわかるだろう。女は口には出さなかったが、代わりに微笑みを零し、なまえを早く家に帰してあげたくなったので今回のところはこの辺りで切り上げる事にした。
そんな訳で、いつもより少し早い時間に帰宅を果たしたなまえは、砂埃の混じる髪が不快だったのもあって早々に湯浴みを済ませた。朝からチャクラを使いっぱなしで腹が空き、たらふく詰め込みたい気分だが、かと言って作る気力も残ってないので今日は外食を提案したい。帰ってきたマダラに言ってみるとすんなり承諾してくれたので、髪を乾かした後、二人で外へ繰り出した。
店はなまえが以前から通っている場所で、夕方から早朝まで営業しているため、任務で遅くなった時によく訪れるのだ。暖簾を潜ると「いらっしゃい!」と威勢の良い声で迎えられ、挨拶を返してカウンター席の前を通る。
「お連れ様とは珍しいな、なまえちゃん」
「あ、はい……夫です」
「そうか夫かあ。……おっ、と……?」
すでに奥の座敷に着いたマダラの元へ向かうと、背後で皿の割れる音が響いた。大丈夫だろうかと視線だけを向けながら草履を脱ぎ、座布団に腰を下ろす。
「私は日替わりにしますけど、どうします?」
「同じものでいい」
茶を運んできた店員に注文をして、なまえはすっかり凹んでしまった腹部を擦った。客の疎らな店内を見渡すと、チラチラとこちらを窺う店主と目が合い、心の内で苦笑を零す。これまで通っていたのがある日突然夫など連れ来ては困惑もするだろう。そう心境を察しながら茶を口に含むと熱が舌に広がって思わず眉根を寄せた。マダラが「何をしてるんだ」とでも言いたげな顔で見てくるが、なまえはそのうち慣れるのではないかと淡い期待を抱いて熱々の茶に挑んでいるのである。
「もうすぐ温泉街ができるそうですよ。今日、その手伝いをしてきたんですが……」
里作りに携わっているマダラが知らないはずがないのだが、率直に語るなまえの姿から里の発展を楽しみにしているのが伝わってきて、それを遮るような真似もできずただ静かに聞いていた。
「温泉など入れるのか?」
「……厳しそうです」
険しい表情をするなまえに、マダラは「だろうな」と僅かに笑いを零した。
定食は働き盛りの男性が食べるほどの量だったが、なまえは難なく平らげて満足そうに両手を合わせた。その後勘定に向かい財布を出していると先に出るようマダラに言われ、なまえは逡巡したが渋々従った。
外はすっかり暗くなっていて、しんと澄んだ空気がなまえを迎える。夜空に煌めく星々を数えて間もなく、店から出てきたマダラと家路についた。
「すみません、私が誘ったのに」
「いや……」
余所を向いたまま言うマダラになまえは内心首を傾げたが、次第に湧いてきた眠気に思考が淀み始めた。うつらうつらしながら足を動かしていると、マダラの肩にぶつかってよろめきそうになる。
「ん……ごめんなさい」
目元を擦り、堪えきれず欠伸を漏らすと、見兼ねたらしいマダラがなまえの手を取った。普段のなまえであれば驚いて飛び上がるなり反応を示したのだろうが、睡魔という存在がそれを取り払っているらしい。
冷えた手が気持ち良くて、なまえは自ら指を絡めた。するとそこからぐいと引かれて、マダラの腕に体を寄せる形になったが、なまえは望んでいたかのように口元を綻ばせ、心底嬉しそうな顔をして月夜の下を歩いたのである。