これから全てを清算させるつもりだった


 あ、しまった。そんな間の抜けたことを思った瞬間に私の体を形成する肉がボァンッと弾け飛んだ。
 この野郎死なば諸共とでも思って捨て身で来やがった。もっと命を大切にしやがれ馬鹿野郎。国重さんにもらった刀まで大破したらどうしてくれるんだ。私はそんな恨み言を吐く余裕もなく、残った片足でしっかりと床を握りしめるようにして体を支え、そのまま足を軸に回転しながら周囲にいた敵の首を刎ね飛ばした。
 遠心力に逆らえるような体でもないので、私はそのままバチャンッと音を立てながら倒れ込んでしまう。先ほど血飛沫で汚したばかりの床に追い打ちをかけるようにしてボダボダと血が流れているようだ。特殊清掃員さんのお仕事を増やしてしまって申し訳ないなぁ。
 随分と床に近くなったおめめで前を見てみれば、大量の汗を吹き出しながら私の名前を叫ぶチヒロくんがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。彼の顔はそれはそれは引き攣ったものでいつものポーカーフェイスは跡形もなくなってしまっている。ああ、そんなに顔色まで青白んでしまって酷い顔だなあ、きっと私の顔の方がもっと色を失っているんだろうな。
 体が全く動かないし、自分の傷なんて心配してられないような状況だったもので今の私がどのような状態なのか詳細には把握できない。でもきっと命は助からないんだろうな、とぼんやり考える。致命傷だ。あーあ。
 さっきからチヒロくんが私に必死に声をかけてくれているみたいだけど、ごめんね。私は酷く自分勝手で自由本坊な卑しい人間だから、自分のことしか考えられないんだ。きみが私に最後に語りかけてくれる貴重な貴重なお言葉がスルスルと右耳から左耳に通り抜けてしまうようだ。何にも聞こえないや。
 
 そうだ、私はいつだって自分勝手だったね。青々と輝く木々に囲まれて爽やかな風が吹くあの家がどうしても大好きで勝手に転がり込んでさ、無理を言って住み着いちゃって……その上にいつもチヒロくんに甘えてばかり。
 お風呂上がりはよくチヒロくんにドライヤーをかけてもらっていた。だって私の髪に触れるきみの手のひらがとても暖かくて優しかったから、ついつい「髪の毛を乾かすのが面倒」なんて言って寝ようとするふりをして。風邪引くよなんて私のことを純粋に心配してくれるチヒロくんは私の邪な気持ちなんて知らなかっただろうね。
 それでも甘えてばかりが居た堪れなくて、これからも甘え倒してやれるだけの言い訳が欲しくて、何かの役に立ちたいと家事を手伝おうとして。
 それなのに洗濯物だって綺麗に畳めないし、食器だって洗い方が甘くて結局チヒロくんがもう一回洗い直してさ。できることといえばピーラーで野菜と自分の指の皮を一緒に剥くことくらいだったな。二度と調理場に立たせてもらえなくなっちゃったけど。
 ごめん、ごめんね。私ははむしろ何もしない方がいいんじゃないかってくらいに足手纏いだったよね。完全に自己満足だよね迷惑だよね。ごめんね。
 チヒロくんは優しいからそんな私をいつも許してくれて「ただそこで笑ってくれるだけでいいんだよ」なんて言ってくれて、本当にチヒロくんきみって奴は。
 でも、そんな身に余る言葉をもらっても、私はどうしても何かしなくちゃって思ってしまうんだ。
 あの日、毘灼に国重さんを殺されて、それからチヒロくんは復讐を誓い金槌の代わりに刀を握るようになった時だって、何もしないで笑っていることなんて私にはできなかった。どうしても、できなかったんだよ。
 チヒロくんは危ないからって、私のことをいつも闘いから遠ざけようとしてくれたよね。でもきみは最後には私のことを許してくれるくらいには甘やかしてくれるから、私は自分の無理を押し通して一緒に刀を振り続けたんだ。そんなチヒロくんの気持ちを無碍にして申し訳ないとはいつも思っていたよ。だからせめて、もう二度ときみが目の前で大切な人が死なないように強くなろうと死に物狂いで頑張ってきたんだ。
 
 それなのに、こんなことになっちゃって。

 あああ、何か言わなくちゃ。チヒロくんにこのまま言葉を残せず死ぬなんて情けなすぎる。
 なんて言おうかな?「後のことは頼んだよ」かな。それとも「残して逝っちゃってごめんね」かな。「どうか、死なないで」でもいいかもしれない。

 そんなことを考えてのにさ。

「死゛に゛……たく、ないなぁ……」

 そんな今までの人生で一番の自分勝手な言葉が自然と溢れた。
 なんてことを言うんだ、私は。ほら見たことか、チヒロくんにもっと悲しそうな顔をさせてしまった。私を死なせたくないから、いつだってチヒロくんは私を守ろうとしていたのに……それを台無しにしたのは他ならない私じゃないか。
 あーあ、もっといいこと言おうと思っていたのに。もういいや、ここまでチヒロくんに酷いことをし続けたならこの際、最後まで酷い言葉を言ってやろうじゃないか。今際の際でさえ、私は相手を思いやれる高尚な精神は持ち合わせちゃいないってことに気づいてしまったし。
 なら、もう言ってやる……ずっとずっと考えていた私の邪な気持ちを。

「あ゛わ、よくば、チヒロくんの゛お嫁さん、に゛なり、た、かっ……た、なぁ……」

 大丈夫、大丈夫。こんな呪いの言葉を吐いた私はこのまま地獄に落ちるけど。
 それでも、きっと……チヒロくんは、私に甘いから許してくれるんだ。





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