断頭とまではいかずとも
「結婚することにしたんだ」
貴女はそんな言葉で私の心を簡単に処刑した。
「へぇー、じゃあ、もうマドカちゃんのことをマドカちゃんと呼べなくなってしまうのかぁ……」
「苗字が変わるからね。あんたがいつもそうやって私を呼ぶから、私は初めて会った人にはそれが名前だと思われてたわよ」
「だって可愛いじゃん、マドカちゃんって渾名」
「否定はしないけどね」
私はなんてことのないように平静を保ちながらそんなくだらない話を続けた。
貴女は知らないでしょうね。その言葉を紡いでいるこの口は断頭台で斬り落とされ、地面の上をゴロゴロと転がり泥まみれになった私の首にあるということを。
開口一番に「おめでとう」と言えないような薄情な私だけど、そんな私以外の周囲の人間が全員離れていってくれたおかげで、貴女は私に全幅の信頼を置いてくれている。
「もう長いんだっけ、その彼氏さんと」
「そうね……旦那とは五年くらい付き合ったことになるのかな」
私がわざわざ『彼氏さん』と呼んだのに、貴女は躊躇なくあの忌々しい男を『旦那』と称した。
まだ旦那じゃないでしょうに。私はあの男が私と同じになるよう、首がなくなった体のままで刃を振り下ろす妄想をする。
「……ところで、ノリくんのことは話したの?」
「言うわけないでしょ。じゃなきゃ結婚なんてしてくれないわよ、誰も」
「分かんないじゃない。私は気にしないけど」
「そりゃ、あんたならそうだって分かってるけどさ」
いいや、きっと貴女は何も分かっていない。
私だったら家族に爆弾魔がいるとかいないとか関係なく貴女と結婚したいと言っている事に、貴女は絶対気付きやしないのよ。
「あんたぐらいよ、今でも法炸の事を気にかけてくれるのは」
そりゃそうだ。だってことあるごとに私が貴女に「ノリくんのことを話さないのか」と言っているのは爆弾魔が身内にいる貴女を見放してほしいから。
貴女にとって、たった一人の友達である私がいつまでも気にしていれば貴女も円法炸のことを見捨てられない。だからもしも、きっとそんな怪しい妖術師の弟が帰ると言えば、なんだかんだで貴女は迎え入れてくれるはずなのよ。
そんな誰しもに腫れ物扱いされている円法炸という男に、私は一縷の望みをかけていた……それなのに、とうとうあの爆弾魔は彼女の人生の邪魔をしきれなかったらしい。
一度この家族を孤立させたのなら最後までその役を全うしなさいよ、あの役立たず。マドカちゃんが決定的に心も法律でも誰かのものになっちゃうじゃないのよ……まあ、あんな爆弾魔が改心する事なんてないんだろうけど。
だからね、だからね。
『あんたには話しておかなくちゃと思って。法炸がね、法作が帰ってくると言ってきたの』
昨夜に貴女からそんな一報をもらったとき、私は飛び上がるほど嬉しかったのよ。
ああ、やった。良かった。あの男を排除できるカードがもう一枚増えたのだ。もう、私自身の手を汚すしかないのかと思っていたのに。
黒いレインコートとか包丁とか、それから身長誤魔化すためのシークレットシューズに身体付きを変えるための肩パッドとか色々用意していたけど、どうやらそれらは不要らしい。一応、捨てずにはいるけど。
ああ、早速あの男に連絡を入れなくては。
カフェに呼び出して「貴女の嫁になる女の身内には大量虐殺をするような爆弾魔がいるんですよ」って教えてやらないと。
そのままストレートに伝えると不審がられるから、マドカちゃんの友達からの忠告として「彼女はその弟を迎え入れると言っているけれど、それを後から知って貴方は彼女を受け入れることはできますか?できないのなら結婚する前に身を引いてください」という建前だってばっちり用意できている。
それでも、あの男が躊躇しなかったら……その時は黒いレインコートの通り魔の手によって一人の命が散らされることになるのだけれど。
ああ、楽しみだ。五年間の恋愛が一瞬にして崩れ去り、哀しみに暮れた彼女を慰めてやるのが。
大丈夫、私だけはずっと貴女の傍にいるわ。いっそのこと、二度と恋愛なんてしないと思ってくれたらいい。
だって貴女はたった一人の友達である私がずっと気にかけている、貴女の人生を邪魔する円法炸を見捨てられないでしょう?
そんなことを考えていたから、きっと罰が当たったんだろうな。
『本日、午前九時ごろ。〇〇団地前で突如車が爆発するという不可解な事件が起こりました。車内には若い男女二人の遺体が発見され、爆発の影響か遺体の損傷は激しく、警察は現在身元特定の調査を進めており……』
いつもの習慣でつけていたニュース番組。
マドカちゃんから予め聞いておいた円法炸との集合場所で、私が何度も目にしたことのあるマドカちゃんと同じ種類の車が爆発したということを淡々とニュースキャスターが話していた。
私は呆然としながら、着歴の一番上にある電話番号に何度も電話をかけたが、その電話の持ち主が出ることも折り返してくることもなかった。
あの爆発野郎。確かに彼女の人生の邪魔をしろと願いはしたけど、誰がそこまでやれと。
別によかった。
どうせ、どんなに邪魔したってマドカちゃんが私のものになんてならないのは分かってる。どうやったって、無理なんてことは分かってしまっている。
だからせめて一番近い存在でいたかったのに、結局マドカちゃんは出来損ないの弟の爆弾魔と共に心中して終わりか。くそったれ。私も一緒についていけば良かったな。
じゃあ……もうこうするしかないか。
私は部屋の中だというのに、黒いレインコートを着て包丁を手に取る。
せめて、あの時にマドカちゃんに殺された時と似た死に方を出来るのであれば、私の人生はまあまあ良い人生だったと思えるだろう。
どうか……どうか、今日の午後には身元の特定されたマドカちゃんの名前と、不可解な格好で自殺している女性の名前が並んで報道されますように。
そんな願いを込めて、私は。