『結』の乾杯
「六平ァッ!」
「おい騒ぐな」
私は空になったジョッキをテーブルに叩きつけながら、ワァッと六平国重の名を叫んでは泣き伏せた。
焼き鳥をクシャと頬張りながら、横から無様に酔っ払う私を呆れた様子で咎める男の名は巳坂という。
この男はかつての斉廷戦争で妖刀『刳雲』を振るい、日本に勝利をもたらした剣豪の一人……妖刀を持っているわけでもなく、最前線で戦っていた妖術師や妖刀契約者達のように強いわけでもなかった私は彼らの横に立つことはなかった。
それでも巳坂を含めた彼らの頼もしい背を眺めながら戦えたことは、今でも私の誇りである。相変わらず日本の治安は悪いが、戦争もなくなり比較的平和な今の世の中で、かつての妖刀契約者は戦いに身を投じることもなくなり、巳坂は今や私の飲み友達となっていた。
そう、彼は酒癖があまりよろしくない私に付き合ってくれる、希少な飲み友達なのである……主に十年の恋に思い悩む、行き遅れおばさんのヤケ酒に。
「なーんであいつはあんなに良い男なんだ!何でなんだ!何で所帯持ちなんだぁ!」
「良い男だからだろ」
「そうだよ!」
「何だこいつ」
その名の通り蛇のように鋭い目つきの巳坂は、その目をさらに細めては訝しげな表情で串入れに串をからりと入れた。
美味そうだな。私もそろそろ串焼き系食うか。
「私のぼんじりぃー」
「おい、それ鶏もも。酔いすぎだ阿呆」
「鶏ももでも美味しいからいいんだよ」
「ばーか、俺が頼んだんだわ。返せ俺の鶏もも。てめえのぼんじり食うぞオラ」
「じゃあトレードだ」
「てめえが勝手にトレードにしただけだろ」
そんなワチャクチャをしながら、私と巳坂は同時にあむりと焼き鳥を頬張る。本当は最初から串から外して食う方がお行儀が良いのだろうが、串焼きは串があるから美味いのだ。それに、巳坂の前ではお行儀だなんて堅苦しいものなど考えずに気楽に飲めるからいい。
「……で?」
「んー……」
「今回は何がきっかけなんだ?」
「昨日、薊と任務に行ったんだけどさー」
「……おう。なんか、薊と話したんか?」
「薊の携帯の待ち受けに六平映ってて心が爆発した」
「耐性がないにも程があるだろ」
巳坂は優しい。私が粘着ストーカー一歩手前レベルで熱を上げている六平国重への恋心が爆ぜては「飲みに行こうぜ!」とよく誘うのだが、彼は毎回それに二つ返事で了承してくれる。なかなか荒っぽい雰囲気が拭えず、嫌煙されがちな彼だが……蓋を開けてみればあの六平国重に見込まれるほどの正義感と人格の持ち主なのだ。
「……巳坂ぁ」
「あんだよ」
「アンタって良い男だよねぇ」
「ンブォッ!」
「危なッ!?」
焼き鳥を食べながら突然咽せ始めた巳坂に私はゾッとしながらその口元の串を丁寧かつ迅速に引き抜いた。いかん、あの妖刀契約者の一人の死因が焼き鳥だなんて洒落にならん。そして、その戦犯が私になってしまう。冗談じゃないってんのよ。
「やめなよ死に急ぐの!」
「だっ誰の、ゲホッせいだ、と……!」
「アンタが私に耐性がないせいでしょ!」
「六平に耐性がねえ奴が言うことか!」
「しょうがないでしょ拗らせちゃってんだから!」
「じゃあ、お前に拗らせちゃってる俺の気持ちもちったぁ考えろや!」
「それは本当にごめんッ!」
「おう!」
巳坂は良い男だ。
良い男っていうのは大抵、六平のように早い段階で良い女に売れちゃうもんだから、彼が三十過ぎても良い女に貰われないのが不思議でならない……と、思って前回だか前々回だかの飲みに巳坂にそれをそのまま言ったことがある。
その時の答えがこうだった。
『んなもん、好きな女にそう言われちゃってる時点でお察しだわ』
正直、青天の霹靂だった。さすがは刳雲の契約者……『鳴』の使い方が上手すぎる。
「アンタさぁ、一体いつから私のこと好きだったの?」
「バッサリ斬り込んでくんなッ!」
「何よ! 剣士のくせに! 斬り込まれたなら、ちゃんと受け答えなさいよ!」
「さっき言ったろ俺の気持ち考えろって!」
「だって全く気づかなかったんだもん! 知らなきゃ考えることもできないのに!」
「傷つくこというんじゃねえ! かれこれ十年ものだわ!」
「は!? 私が六平にドッカンきた時じゃん!」
「その横で密かにドッカンきてんだよ!」
私が六平に出会った時期と、巳坂が私と出会った時期は全く同じ時である。私は六平に一目惚れしたのだが、その時すでに六平には恋人……彼の現在の女房がいたので秒で失恋してしまったのだ。
しかし、巳坂も秒で失恋していたとは知らなかった。私が原因であるというのに妙な仲間意識が出来てしまう。
「はぁ……お前もよぉ、よくお前に惚れてる男の横で人の旦那への恋心を吐けるよなぁ。悪い女だよまったく……」
「だって、巳坂とサシ飲みなんてもう三十回くらいは行ったじゃん。慣れ過ぎちゃってつい。それに前に告られた時に突然過ぎて一周回って逆に落ち着いちゃったっていうか」
私は枝豆をモムモムと頬張りながらなんとなしにそう言うと、巳坂はジトォーと私を睨む。失言だったかな、うん失言だわ。ごめん。
「ダァからよぉ……その三十回分の俺の苦しみを考えろって言ってんだよ」
「経験がないからわかんないよぉ」
「お前、六平とサシ飲みという状態で惚気話を聞かされたらどうなる」
「三日三晩泣いて枕を濡らす」
「つまり俺の枕はもう九十日分の涙を吸ってるってことなんだわ」
「えぐ……『降』じゃんそれはもう」
「その原因はお前だよ」
そりゃそうだ。巳坂にはいつも悪いことをしているんだな、私は。
だって、巳坂と一緒に飲むのが楽しいから仕方がない。
「……あーなんかロック系飲みたくなっちゃった。焼酎ロック頼も」
「突然すぎるだろ」
「巳坂と飲むとロック飲みたくなるんだよ。『結』を思い出すからさぁ」
「……そう聞くと俺も飲みたくなってきたわ。あ、すんません、焼酎ロック二つ」
あー、なんだかいつも通りだ。私のせいだけど。
本当ならこういう話はいつも通りではよくないのかもしれないけど、巳坂は優しいから『いつも通り』にしてくれるんだろう。
私に対する諦めがあるのかもしれない。きっと私は鈍感なんだろうから。
だって、私は常に六平の傍にいたわけじゃないから、六平が私の気持ちに気付かなくても仕方ないけど、巳坂はいつだって私の傍にいてくれた。
そんな彼の気持ちを汲み取れて来れなかったのだから、それはきっと鈍感と言わざるを得ないのだろう。
「ねぇ、巳坂さぁ」
「あんだよ」
「付き合お」
「あー……は?」
「結婚しよ」
「……ハァッ!?」
「うっさ」
私の突然の告白に巳坂はその瞼をガバァッと開いた。目をひん剥くってこういうことか。
これはおそらく、前回の彼からの告白を受けた私より、彼の方が衝撃が強いだろう……なんだ、私も『鳴』が使えたのか。
「なっなん、ななんで」
「狼狽がすごい」
「だって、おま、お前六平……」
「や、好きなのは六平なんだけどさ。一緒にいると楽しいのは巳坂だなって、ふとね」
好きなのは六平だけど、一緒にいたいと思うのは巳坂だ。
こう言うと、都合の良い男扱いをしているのかもしれないけど、もしも巳坂に離れていかれたとしたら私は六平が結婚した時より落ち込むはずだ。きっと、恋と愛の違いってやつだろう。
だって、六平が私の傍にいることは想像出来ないのに、巳坂が私の傍にいない未来を私は想像出来ないのだから。
「じゃあ、正式に私が巳坂の傍に入れる大義名分を貰っておいた方がいいかなぁって」
「おま……そんなんで、結婚て……」
「そんなんって」
私のプロポーズに、『そんなん』扱いって失礼な……。
「巳坂じゃなかったら言わないよ、結婚なんて」
巳坂だから、私を任せてもいいかなって思ったからなのに。
「……お前」
「多分だけど」
「そこは言いきれよ」
「じゃあ巳坂が私を離さなきゃいいじゃん」
「舐めんな、元からそのつもりだわ。好きなのも俺って言わせてやるからな」
「わぁ頼もしいー」
そうこう言っていると、焼酎ロックが二杯運ばれてきた。タイミングが良いな。
「じゃ、改めて乾杯しよっか」
「俺にとっちゃ祝杯だしな」
「お祝い品は私ですぜ」
「マジありがてえ……」
それでは、二人の未来に向けて……。
「乾杯っ!」