男の心、乙女知らず


「ねぇ昼彦ぉ」
「ん〜?」

 ここは毘灼拠点。
 今は誰にも使われてない倉庫に必要最低限のテーブルやソファが置かれ、そこで私達は作戦決行の時が来るまで悠々と過ごしている。
 統領である幽とか大人達は真打の封印を解くとかで常に大変そうだが、そういったことが専門外な昼彦や私は暇で暇で仕方がない。
 仕方がないので私達はよくゲームボーイでポケモンとかやってる。
 ちなみに、お下がりにサファイア版を渡した昼彦がキモリを選んだのを知った時、ミズゴロウ派の私はちょっとイラっとした。橋の下のライバルのトラウマは消えることはないのだろう。

「北兜がさぁ」
「んー」
「付き合ってくんないんだけど」
「お前、まだそれやってたんだ」

 私は最近の悩みのタネである北兜のことについて昼彦に投げかける。相談というよりは愚痴のつもりで言っていたのだが、隣に座っていた昼彦はゲームを中断する気かセーブをしていた。

「や、話は聞いて欲しいけどゲームは続けてていいよ。ありがと」
「マジ? じゃあやろっと。よしヤミラミ」
「てか、まだムロタウンなの? ジュプトルに進化させてたの結構前じゃなかった?」
「なんかヤミラミがモンボで永遠に捕まらない。レベル一桁なのに」
「ヤミラミはモンボじゃ多分無理だよ。スーパーボールなら一発だけど」
「やだよ一桁なのにモンボで捕まえられないの納得出来ないもん」

 かちこちかちこちと昼彦はボタンを押しながらゲーム機を操作している。
 画面にはどく状態な上に体力が赤になっているヤミラミがいる。紫色のボディの彼はどれだけモンスターボールを投げても必死に抵抗し続けていた。
 辛かろうに。大人しく人間様にくだり捕まったほうが身のためだぞ。あっ死んだ。

「くそーっ!」
「諦めなって」
「ヤミラミはなんでレベル一桁でどくで体力赤で捕まらないんだよ」
「なんか前見たけど捕獲率ってのがあるらしくてヤミラミの捕獲率はまあまあ低めなんだってさ」
「まあまあ低め程度は捕まえられてもよくね?」
「それについてはマジで分からん。でもモンボで捕まえられた試しがない」
「んだそれ、やってらんね〜! パス!」
「えっ、うわっなに」

 昼彦はヤミラミ捕獲にムキになっていたが……面倒になったのか、飽きたのか私にゲーム機を押し付けてきた。しかも、昼彦はそのまま身体を寄せて画面を覗き込み始める。
 は? なに、昼彦お前まさか。

「代わりに捕まえて」
「ヤダよめんどい!」
「捕まえててくれる間、話聞いてあげるからさぁ」
「おま、昼彦……別にそのまま話聞いてくれるつもりだったくせに」
「捕獲率とか言ってやる気削いだからやってくんなきゃ話聞かなーい」
「教えてやったんでしょうが……ったく、これだから末っ子は」
「俺ギリ末っ子じゃないもん」
「魂が末っ子なんだよ昼彦は」

 まあ、どうせ暇してるし、いっか。
 私は画面に映っている二頭身の主人公を適当に操作する。はやく出てこい野生のヤミラミ。かこかこかこ。

「……で、北兜が付き合ってくれないって話なんだけど」
「うん」
「どうやったら付き合ってくれんのかなって」
「んー、でも確か最初にお前告った時にオッケーもらってたよな。あれはなんだったの」
「最初の時のやつなら……北兜が私のこと完全にキープとかセフレみたいなポジで見てそうだったから逆に私が拒否った」
「まじか。そっちが告ったのに?」
「そうなんだけど、そういう都合の良い女で付き合える程ドボンしてるわけじゃないっていうか」

 あの時は複雑だったなぁ。こっちは仲間内に告白するという勇気を振り絞って真剣に「北兜が好きです付き合ってください」って言ったのに返事が「可愛らしい仔猫ちゃんだ。俺のようなおじさんでよければ。chu♡」だった。
 いや、正直なところ手にキスをもらった時は擽ったくて、ドキドキして、ガチで嬉しかったけど……いつも通りの北兜すぎて本気で受け止めてないって思ったんだよな。
 何度も勿体ないことしたなって思ったし今も思ってるけど、私はその後に「そういうんじゃない! ばか! もう知らないっ!」って言いながら手の甲で北兜の頬をぺちっした。

「えーでも、北兜らしい返事じゃね? そんな北兜が好きなんじゃないの?」
「そぉーなんだけどさぁ〜! 私の乙女心が拒否を選んだんだよぉ」
「乙女心ぉ? その歳でぇ?」
「昼彦ぉ? 転がされたいのぉ?」
 
 正直、私も私のことを面倒な女だとは思ってるけど真剣だからこそ譲れないものがあった。でも、ぶっちゃけ今のヤミラミ捕獲作業よりは面倒じゃないと思っている。いやマジでめんどいなこれ。

「で、最近また告ったんだけどさぁ」
「うん」
「断られた」
「えっあの北兜が?」
「ねーびっくりだよねぇ。来る者拒まず、去る者追わずを体現する節操なしプレイボーイおじさんの北兜が」
「ねえ、本当に北兜のこと好き? 乙女心的にどの辺りが好きなの?」
「顔」
「乙女心的にそれっていいの?」
「いいの」

 北兜はあの時「お前がもう少し男心が分かるレディになってからな?」と答えた。なんというか、返事というより厄介払いされたような気がして不満だ。
 しかし、北兜の言葉が正しいなら私には『男心』というものを理解していないおこちゃまらしい。

「昼彦的に男心が分かるレディってどんな女と思う?」
「ヤミラミに詳しくない女じゃない?」
「これもうやめていい?」
「ヤダ」

 昼彦は適当に答えるだろうなとは思っていたけど、その適当からエグめな鋭い刃が飛び出してくるとは、あまりにも予想外だった。
 確かにヤミラミと素敵なレディが結びつくとは到底思えない。くそっこれがせめてクチートだったなら、ギリ……。

「っていうか、そういうのは幽に聞きなよ」
「やぁだよ、幽に恋愛相談なんてしてみろ。私ったら絶対幽のこと好きになっちゃうよ」
「それも乙女心的にどうなの」
「乙女ってのは多感なんだよ」

 ちなみにお姉さん方にはだいぶ前に「北兜はやめとけ。女泣かせじゃん」と言われたからもう二度と聞かない。
 ただ、勘違いしないで欲しいのが、別に好きな人を悪く言われてムッとしたとかそんな子供っぽい理由ではない……めちゃくちゃ至極真っ当でぐうの音も出なくなり困っちゃうって感じだ。私も逆の立場なら絶対にやめとけって言いそうだし。
 だって北兜をカタカナにしてみろ『ホクト』だぞ。九分九厘『ホスト』だよ。マッチ棒を一本動かして別の意味にしろのやつで出来ちゃうやつ。

「じゃあさー、せめて男心を教えてよ」
「えー何で俺に男心を聞くの?」
「だって昼彦男じゃん」
「そうだけど、お前俺のこと男と思ってなさそうじゃん」
「……や、えー」
「嘘でも否定しろよ」
「いや、違くて……昼彦は男なんだけど、私より髪綺麗だし顔が中世的に整ってるから、私の持ってる服が私より似合いそうな気がしてちょっと敗北感を覚えて」
「脳内で勝手に女物の服着せんな」

 そうは言われても、考えないようにしようとすればするほど考えてしまうのが人間というものだ。
 ぽわぽわぽわ……と勝手に膨れる想像では私の持ってる服と昼彦を合わさると何とも似合ってしまう。悔しいな。

「んーやばいな。昼彦に私の可愛いジャンスカ履いて欲しくなってきた」
「なー、俺ってチンコついてんだけど」
「服着てたら隠れるんだから関係ないでしょ」
「いや舐めるな俺チンコでっけえから。服着てても分かるから。マジでデカいから。モンゴリアンデスワームくらい」
「UMAに例えるならせめてツチノコとかにしなよ。モンゴリアンデスワームって……それもうほぼチンコが本体じゃん」
「男って普通にチンコが本体だよ」
「やーめーてー」

 それなら北兜の顔に惚れた私は、北兜のチンコのおまけに惚れたというのか? やめろ嫌すぎる。

「ってことは何? 男心を理解するためにはチンコと和解しないといけないってこと? 何それ無理ゲーすぎじゃない?」
「……そうだ、セックスすればチンコとの和解が」
「馬鹿野郎が」
「……する?」
「しねえわ」

 北兜と付き合いたいけどセフレになりたくねえって話をしていたはずなのに急に話題がセックスになった。なんだこれ。私は乙女心を大切にしたいって言ってるのに結局シモの話題から逃れられぬ運命だというのか。
 私がひっそり絶望していると、擦り寄っていた昼彦が急に私の顎にすうっと手を添えて、キメ顔をしながら口を開いた。

「なあ、俺はお前の為なら、いつだってチンコをバキバキに出来るんだぜ……?」
「ここまで心に響かない告白もなかなか珍しいな」

 十代後半の男ってこんなにシモネタ大好きなのかよ。
 あんまり昼彦がバカなこと言うものだから、ヤミラミ捕獲はもう切り上げてしまおうか。いつも通り全然捕まらない。さっさとスーパーボールを買わせよう……と、思っていると。

 パララパララパララパラーーッ!
 デッデッデデッデッデ!
 
 ポケモン特有のBGMがゲーム機から鳴ったかと思えば……私はその目をひん剥いてしまった。

「エッ、ワッエッ!?」
「え、なにこのヤミラミ黄色くない? ケーシィかと思った。バグ?」
「いや違う!」

 これは、まさか……!
 いや間違いない!
 これは噂に聞く……!

「これ色違いだ! ウワッ! 色違いだ、すごっ初めて見た!!」
「ハッ!? なに、ポケモンって色違いとかあんの!?」
「ある! 八千百九十二分の一の確率で!」
「何それやべえ!!」

 昼彦も私も大興奮して画面を覗き込む。すげえ黄色だ。絶対欲しい。横にいる「絶対絶対捕まえて!」と言っている昼彦の為にも。

「ちょっと待って! 急所当たったらマジで怖いし落ち着きたいから一旦モンボ挟むわ!」
「おう!」

 ぽんっ! カチカチカチカチカチッ!

「待ってそのAボタン連打は何!?」
「これは祈り!」
「意味あんの!?」
「ない!」
「ねえの!?」

 特に意味はないし、捕獲率が上がるらしいという有名なデマのAボタン連打をしてしまうくらい私は興奮していた。だって色違いだよ、キランってなったし。
 しかし、ノーダメージのヤミラミがこんなことで捕まるはずがない。かと言って毒らせて命を尽きさせるのは絶対に嫌だ。急所マジ怖いしどうしたものか。
 ん? あれ? ヤミラミ、なんかモンボから飛び出てこない……。

 どむっ! どむっ! どむっ……カチッ!

「は?」
「は?」

 てーれーれー! てれれってれー!

「エッうそ! 捕まえた!?」
「マジで!? やべえエグッヤミラミ色違い一発!?」
「ニックネーム!? つけるつけるつける!」
「なんて名前にする!?」
「クルル!」
「やべえ似てる!!」

 私と昼彦は突然の色違いヤミラミショックにより先程まで話していた話題をすっかり忘れてしまった。

 *

 一方その頃、倉庫につながる廊下の向こうでは。

「なあ、久々李……」
「……」
「あいつら二人でイチャイチャと何してると思う……?」
「……ポケモンだ」
「俺が俺なりに真剣に告白に答えても本気と思われないだろうから、安易に返事が出来なくて苦しんでるっていうのに……あいつらはキャッキャうふふと、何してると思う?」
「大丈夫だ、北兜。あれはポケモンだ、ポケモンやっているだけだ」
「ああ、よかった。それなら昼彦の本体を斬り落とさなくて済みそうだ……」

 怨念により抜刀寸前の北兜と、それに巻き込まれている可哀想な久々李がいたらしいがヤミラミのレベル上げに夢中な私と昼彦は普通に気付かなかった。





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