その後、焼きおにぎりを食ってる漆羽を見た
「ねえ、奈ツ基」
嫌だ、と思った。
巳坂奈ツ基は隣にいるこの女が、自分に向かって、自分ではない誰かに対する相談を持ちかけるのが心底嫌だと思った。
この女は奈ツ基が籍を置く剣術道場の女中のようなことをやっている。ただ、それは仕事というよりは手伝いのようなものだ。
斉廷戦争にて妖刀を手にするのは誰が相応しいか……それを決めるために各地から集められた剣士の世話を焼いている、というのが正しいだろう。
皆の道着やタオル等を洗濯し、精がつくようにと飯を炊き刀を振る以外のことで彼女は斉廷戦争に真剣に向き合っていた。
彼女のハキハキした物言いは大人しいとは言えないが、それは快活な性格からきているもので、決して他人に不快感を与えるものではない。
寧ろ頼もしいとまで思われるだろう……彼女を好ましく想う者は奈ツ基の覚えている限りでは何人かいたはずだ。
そんな彼女はある男に恋心を抱いている。そしてその男についての相談を……よりによって、この奈ツ基に持ちかけているのだ。
ああ、嫌だ、心底嫌だ。
「洋児、どうしたら落とせると思う?」
「人選ミスにも程があるんだよお前は」
いや、もうマジで嫌なんだって解放してくんねえかな誰か。誰か、兄貴。
「いや私の目に狂いはないよ。今この道場にいる剣士達の中で一番洋児のことについて分かってるのは座村さん、」
「狂いまくりだろ俺の見た目のどの辺りが座村さんだおら」
「あっごめん話は最後まで聞いてもろて。一番は座村さんだけど二番は絶対奈ツ基だから」
「一番に聞けよ」
「二番じゃだめなんですか?」
「黙れエセ蓮舫」
そもそも一番だとかどうとか以前に、この俺に漆羽の話を出してくることがそもそも間違いでしかない。正直言って、俺は漆羽が嫌いなのだから。
それに、恋愛感情はないにしても、こいつはこの道場ではある種、アイドル的存在なのだ。そんな彼女がにっくき漆羽にお熱だという現状がなんだか面白くない。
やはりあいつはどこまでも鼻につく野郎だ。そんな心境で漆羽にどう好かれるか、なんて話にマトモに取り合おうという気になるわけがない。
「だって座村さんってなんか恋愛ベタなイメージあるしぃ。その点、奈ツ基は硬派で真面目で色男で女の子にモテそうだもん」
「……」
「だから、私の話すことわかってくれるかなぁってぇ……」
「まあ聞いてやらんこともねぇけどよ」
まあ、こいつにはいつも世話になってるしな、うん。
*
昨日のことだ。私は縁側に座ってお茶をのんびり飲んでいた。庭先にある可愛らしい草花や優しく揺れる木々のあわいはお茶請けにぴったりなのだ。
しかし、花より団子というものはしっかりいるようで……それが私の隣に座っていた漆羽洋児という男だった。
彼は甘党であるのか、私の作ったおはぎを笑顔で頬張っている。まるで尻尾を振っているわんこのようでどうしても頬が緩んでしまう。
彼はおはぎを一つ食べ終えたかと思えば、ちぱちぱと指についた餡子を食み始めた。幼い子供のようなその行動は決して行儀がいいものではないが叱責するほどでもなく、やはりどこか可愛らしい。私はどうしても彼に甘くなってしまうようだ、と実感しながらおしぼりを手にしていた。
「洋児、手を貸して。拭いてあげるから」
「ありがと! ねねさんはやっぱり優しいな!」
「もう、洋児ったら調子が良いんだから。もっと褒めなさい」
「かわいい! 美人! 料理が美味い! 毎日食べたい!」
「んっふふ……」
「笑顔が素敵!」
「もう一個のおはぎも食べて良いよ」
「えっ! まじで!? やりい!」
三つもあったおはぎを二つとも差し出してしまうのも我ながらちょろいとは思っているが、別におはぎぐらい自分でいくらでも作れるから惜しいとは思わない。そもそも、このおはぎは洋児を釣ろうと思って作ったものなのだからおはぎも彼の糧となれて本望だろう。
正直、私はこの強いくせに可愛い洋児が好きで好きで仕方ない。彼のためならなんだって美味しいご飯を作ってやりたいしずっと私のご飯を食べて欲しいものだ。
それに、彼の方だって私に懐いていると自負もある……自分がなんとなく好ましいと思っていた相手の方から、この道場での姉のようという意味の愛称で「ねねさんねねさん!」と擦り寄られるのはやはり心をくすぐられるものがあった。
鍛錬後に私の姿を見つけては顔を輝かせて自慢の速さで駆け寄ってきた時はあんまりおかしくて、ついつい持っていた手拭いで汗で濡れた顔を拭いてしまったものである。
「いやぁ、ねねさんの作るもんはなんでも美味しいな。ねねさんの作り物を毎日食えて俺は幸せもんだ」
「俺達、でしょ? みんなのご飯作ってるんだから」
「勿論そうだ。でも、今おはぎ食ってるのは俺達の中の俺だけ。だから、それが何となく申し訳ないけど同時に幸せだなって思っちゃったんだ」
それは、もしかしてほんの少しの独占欲というものだろうか。静かに息を詰まらせる私のことなど気付いていないようで洋児は朗らかに笑いながら緑茶を飲んでいる。
洋児はよくこんなことを言う……私の鼓動を高鳴らせるような言葉を。彼のことだから狙って言ったものではないのだろう。
しかし、それが余計に無邪気な彼の心からの本心なのだということで。脈無しでは、決してないはずだ。
「きっとねねさんを嫁にもらえる男ってのはもっと幸せもんなんだろうな。いいなぁ、羨ましいぜ」
むしろ、脈しかねえだろうこんなもの。これは高鳴るどころか動揺してしまった。
今か、もしかして今、言ったほうがいいのか……「私は洋児が好きだよ。お嫁にもらって」と。
付き合ってすらないのにプロポかますのは流石に重いか。いやでもこの会話の流れなら「恋人」ではなく「お嫁」がベストだろう。
しかし、やはりいきなり「好きだよ」と斬り込むことはできない。私は剣士ではないのだから……どちらかといえば実は剣より拳のほうが得意だったりする。そうだ、まず軽いジャブから入れてみよう、そうしよう。
「……洋児って好きな人はいるの?」
いきなり、恋愛系の話を振ってみると洋児は虚をつかれたように目が点になってしまった。
よし、悪くない手応えだ。これで照れたりなんだりしてくれたら、私は彼に漸く好きだと言える気がする。ただ洋児を甘やかすだけの「ねねさん」から抜け出すのは今日かもしれない。
そんなふうに期待に胸を膨らませている私に、洋児は何一つ曇りのない笑顔でこう言ったのだ。
「六平サン!」
*
「そんな洋児にびっくりしちゃって、こう、叩いちゃった……」
「そのスローイングはどう見ても叩いた、ではなく殴っただろ」
「だって拳はペンより強いし……」
「ぜってえ色々間違ってるぞ」
その後の彼女は石のようにピシリッと固まり、淡い恋心とプライドをズタズタにされた反動で漆羽をぶん殴り「もう洋児なんか知らない!」とその場を立ち去ってしまったらしい。
「洋児……『ナンデッ!? ナンデッ!? ねねさァーん!』って叫んでた。完全に脈有りと思ってたのに。それにしたってあの六平さんにどう勝てと……」
「脈の有無に関わらず恋愛の話だと思ってねえんだろ。出てきたのが六平さんなんだからよ」
「でも好きだと思ってる女から『好きな人いる?』って聞いたら普通は恋愛に結びつかない? 洋児ってそこまで鈍感なの? それとも洋児は私のこと完全に姉判定だったのかな。お嫁にもらえる男は羨ましいとまで言ってたのに」
「俺に聞くな」
目の前にいる「ねねさん」は体育座りで膝に顔を埋めながらボソボソとそんなことを呟いていた。
知らん、そんなこと……と思いながら返事すると彼女はこちらに縋り付いてきた。うおっびっくりした。
「おーねーがーいッ! おーねーがーいー! もっと話聞いてよ私を切り捨てないで!」
「まとわりついてくんな! 大体な! 突っ込むの忘れてたけど、漆羽のこと分かってる二番が何で俺なんだよ! 言っとくが俺はあいつのこと嫌いだぞ!」
「分かってないな奈ツ基!」
「俺は何が分かってて何が分かってねぇんだ!?」
「嫌いな相手ほど解像度が高い場合があるんだよっ!」
「とりあえずお前が面倒な女だという解像度は高まったわ!」
「嫌われたらしいな、私は今!」
くそっこいつ力強え、引き剥がせねえ! めんっどくせえなこいつ!
火事場の馬鹿力なのか、もとからなのかは知らねえが追い詰められすぎだろ!
「あーあーあー! ならこうしろ、乳でも出して迫っとけ、あいつも男なんだからそれで落ちるんじゃねえの!?」
「うっわ最悪だな奈ツ基! 好感度が下がったと同時にあんたがおっぱい星人だということがよく分かったわ!」
「あながち馬鹿にできねえなその持論!」
「大体なんだ乳でも出しとけってそんな恐ろしいもん出せるか! そんなんだったら焼きおにぎり出すわ!」
「じゃあ、とりあえず詫びの品として焼きおにぎり出せや! 馬鹿だから飯食っときゃ殴られたこと忘れるだろ!」
*
そんな一悶着があった数時間後のことである。頬が腫れたアイツが俺の元まで傍まで来てこう言ってきた。
「なあ、奈ツ基。なんか、ねねさんに嫌われたかもしれねえんだけど、俺はどうしたらいいと思う? 俺めっちゃねねさんのこと好きなのに……」
「何っでどいつもこいつも俺のとこにくんだよっくそっ!」
だっから、ガチでマジで嫌なんだって解放してくれッ誰か。誰か、兄ちゃん!