ある日のこと、むつきはいつものように何日も山野博士の研究室に泊まり込み、新型のLBXの開発に勤しんでいた。
この日もむつきは朝からずっとLBXの開発作業に没頭しており、むつきが一区切りついた頃、まるで見計らったかのように山野博士に声を掛けられた。

「むつき君、ちょっといいかな。君にお客様だよ」
「? わかりました。今行きます」

そう言ってむつきが席を立つと、「お客様はロビーで待っているよ」と言いながら、山野博士もむつきと一緒にロビーに向かった。
ロビーまで行く途中、山野博士と現在研究中のLBXのカスタムパーツの話をしながら、最近来客予定は入っていないし、そもそも研究員として働いていることは友人以外話していないし、外回り等もしていないから研究関係の来客などあるわけがない。
LBXの大会にもここ最近では出場していないから取材が来ることも考えられないし、一体「お客様」とは誰なのだろう…。と突然の来客者のことに考えを巡らせていた。

そして、ロビーに顔を出すと、そこには見知った、しかし実際に見るのは久しぶりな人物が待っていた。

「やあ、まるで見計らったかのように」
「あれ、ジン⁉なんでここに?帰ってくるのは明日って…」
「予定が一日早く片付いたから予定を繰り上げて帰ってきたんだ」
「それなら、昨日電話した時に連絡くれれば空港まで迎えに行ったのに」
「君を驚かせようと思って黙っていたんだ」
「にゃはは、ジンの思惑通りに驚いちゃったよ!」

と人目を気にせずにやり取りをしていると、山野博士が小さく咳払いをして、二人の視線を自分の方へと向かせた。

「むつき君。きみ、もう何日も家に帰ってないだろう?いい機会だし、今日はもうジン君と一緒に帰りなさい」
「え、でも、まだ完成していないパーツがあるんですが」
「区切りのいいところまでは終えているんだろう?」
「でも…」
「むつき」

山野博士に家に帰るよう言われむつきが帰りたくないと食い下がろうとすると、ジンが宥めるようにむつきの名前を呼んだ。
すると、少し不満を覗かせつつもむつきはぐっと口を噤んだ。
そして、しぶしぶ帰り支度をし、二人は研究所を後にした。

――――――――――

むつきは普段、車で研究所に出社している。
そして自分を迎えに来るときも車で迎えに来ることも知っているジンは、はじめから一緒に帰るつもりで研究所までタクシーで来ていた。
帰りの車中(もちろん運転はむつきだ)、ジンの仕事先の出来事や他愛もない話をして暫くしてから、ジンは先ほど研究所で山野博士の話を思い出しむつきに問いかけた。

「そういえば、また何日も研究所に籠っていたのか?」
「うっ…」

ジンの問いかけに、むつきは前を向いたままバツの悪そうな顔をした。
ちゃんと家に帰っていないことがよくないことだとわかっていたからだ。
そこに、ジンはさらに質問を重ねた。

「前から研究所に泊まることがあったようだが、なぜ家に帰らないんだ?せっかく二人で暮らしても不便がないように広い部屋を借りたのに」

互いに親のいない独り身であったため(後見人はいるが、後見人はあまり口を出すタイプではない)、まるで傷を舐めあうように付き合い始めた二人は、高校卒業と同時にお互い住んでいた家を出て同棲を始めた。
同棲を始める際、お互いに満足いくまで意見を出し合い、時には周りの意見を聞きながら物件を見て回り、最終的には駅からは少し遠い感性な住宅街の中にあるそれなりに広い部屋を持つマンションの一室を借りて住むことに決めた。
しかし、ジンは自身の見分を広めるため世界を飛び回り、むつきは卒業と同時に山野博士の研究室に就職し、仕事で家を空けることが多かったため、二人はなかなか家に帰れなかった。
ただし、むつきに関しては山野博士が家に帰るように促してもなにかと理由をつけて帰ろうとしなかったのだが。
そのため、今回ジンは山野博士からむつきが何日も家に帰っていないと連絡を受け、偶然を装ってむつきの様子を見に来たのだった。

訝し気に、しかしどこか悲しむような声色に、むつきの胸はチクリと痛んだ。
だが、むつきはジンの質問にすぐには回答しなかった。
なぜなら、家に帰らない理由がむつき自身にとっては恥ずかしいことだったからだ。

「むつき」
「…だって」

ジンに自分の名前を呼ばれるのに、むつきはどうも弱い。
恥ずかしい理由だと思っているのに、ジンに名前を呼ばれてしまうと絶対に話さないといけない気分になってしまうのだ。

走行中、信号が赤色に変わったため車を止める。
むつきはしっかりとハンドルを握ったままジンのほうを向き、バツの悪そうな顔のまま恥ずかしいという雰囲気を隠すことなく話しはじめた。

「だって、あの広い家に一人でいるのは寂しいんだもん…。もし家にいてほしいなら研究設備を部屋に置かせてよ」
「それはできない」
「なんで?」

むつきの提案を間髪入れずに否定したジンに不服そうに質問すると、以外な返事が返ってきた。

「設備を入れたら、君は仕事から帰ってきても部屋に籠って出てこなくなるだろう?そうしたら俺が寂しくなる」
「…⁉…う、わかった。善処、します」

話している途中で信号が青色に変わったため走り出したのに、ジンの言葉に思わず急ブレーキをかけそうになったのをグッと堪えて、むつきは運転を続けた。
ジンの口から「寂しい」なんて言葉が出てきたことに驚きつつ、そして寂しくなることがあるのかと失礼なことを考えつつ、普段から飛び回っていて家にいないくせにどの口が言うのか!と叫びたくなる気持ちをグッと我慢して車の運転を続けた。
しかし、なんだかんだ嬉しい気持ちに変わりなく、複雑な気持ちになったせいか、むつきの回答はどこかぎこちないものになっていた。

数日後、ジンが何日も家を空けることがあっても毎日頑張って家に帰っていたむつきだったが、暫くしたら研究所への寝泊まりが再発し、周囲を困らせる生活に戻ったのだった。


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