電話越しの再開



多種多様な国籍の人間が入り混じり行き交う東都国際空港。
工藤邸を後にした紗良はスーツケースを預け、早々に出国審査を済ませ出発ゲート近くのベンチに座っていた。


今から行く国は初めてではあるが外国に行くのはなにも初めてことではない。その国に着いたら別ではあるが、飛行機に乗って出国すること自体に今更感慨にふけるようなことはないのだ。
特にすることもなく、早くも愛しい義弟やその面倒を見てくれる隣人、そして職場へのお土産を考えながら搭乗までの時間を潰す。



どれくらい経っただろう。手荷物検査のためにと外していた腕時計を見れば搭乗時間まであと30分程ある。
今回の海外研修は学校からの推薦によるもので、下手に遅刻しようものなら学校の面子に関わると早めに家を出たはいいが少し早すぎたようだ。さてどうするかと周囲を見渡していたその時携帯のバイブレーションは着信を知らせた。


はて、誰だろうか。
液晶画面を確認すればそこには幼馴染の名前で、無意識のうちに笑みが零れる。


「Hellow?」
《もしもし?紗良、今大丈夫か?》


冗談交じりに英語で応えれば聞こえてくる懐かしい声。最後に聞いたのはいつだったか…工藤家に引き取られる以前からの幼馴染である年上の彼は仕事が忙しく、ここ2年程まともに会っていない気がする。


「うん、大丈夫。何かあった?」
《いや、用事があったわけじゃないんだが…最近会ってなかったから気になってな。今何してる?》
「んー?空港で搭乗待ちー」
《…は?お前学校は?!》


あまりの驚きように思わず笑ってしまう。
電話越しではあるがその慌てふためきようが目に浮かぶようだ。普段は自尊心のお高いワーカホリックのクセして時折覗く年不相応の言動はどこか可愛らしく感じられる。…本人に言えば容赦なく拳が飛んできそうではあるが…。


「ははっその学校の用事でオーストラリア行ってきますー」
《…研修か何かか?》
「Yes!びっくりした?」
《ああ…また俺が知らない間に遠くに行くにかと心配した》
「…ごめん。」
《謝るなよ。あの時は俺が悪かったんだ…そうだいつ帰ってくるんだ?》
「…2週間後だから月末の土曜かな?確か朝到着の便」
《そっか…その日は仕事だからな…また連絡するからその時に飯でも行こう》
「うん。でも、無理はしないで…危ないことは《紗良、大丈夫だから、約束するよ》…絶対だよ?」
《ああ…》


信頼も信用もしている幼馴染ではあるが、その自尊心の高さと見合う能力を持つが故に無理をしがちなことも知っているため素直に納得することはできないが、優しく言い聞かせるように言われてしまえばもう何も言えなくなってしまう。


「…わかった。」
《よし、いい子。いくら治安が良い国とはいえ、気をつけろよ》
「子ども扱い…お兄ちゃんも気を付けてね?」
《はははっ懐かしい呼び方だな、紗良ちゃん?》


子ども扱いをされたお返しにと昔の呼び名で呼べば、同じく返されて…。遠い昔に戻ったような気持ちになる。
不安はまだ残るが先ほどまでとは気持ちの重さがだいぶ違う。自分の単純さに失笑しそうになるが今はその単純さがありがたかった。


「ふふっ…じゃ、そろそろ時間だから切るね?」
《ん、じゃまたな》
「またね」


気付けばすでに搭乗が始まっており、離陸まであと10分しかない。




帰ってきたらまずは幼馴染にただいまと伝えよう。


そんなことを思いながらも足早にゲートへと向かった。






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