清掃員さんとバルガスCAMP!(4/5)
(ねむい……)

 坑道に響く採掘の音を聞きながら、ヒトハは否応なく滲み出る欠伸をこっそりと噛み殺していた。前日の疲労が抜けきれず、体の節々は軋むように痛み、瞼には鉛でも仕込まれたのかと思うほど眠い。
 ――バルガスキャンプ二日目。
 ヒトハはまだ日も昇らない早朝に金物のバケツを持ち、そこら辺の棒で叩いて歩き回った。焚火の番の生徒が傾いた頭を跳ね起こし、テントで寝ていた生徒が何事かと飛び出してくる様に心は痛んだが、こうして壊れたおもちゃのようにバケツを叩き回る自分もずいぶんと可哀想な身である。体感数秒の睡眠ではさすがに生徒たちを気遣う余裕はない。
 とはいっても彼らは基礎体力が絶賛向上中の男子生徒で、ごく普通な成人女性のヒトハとは違う。生徒たちは文句を垂れながらも日が昇った頃にはもう元気に動き回っていたのだ。それはもしかしたら、バルガスによる日ごろの指導の賜物なのかもしれなかった。

「はい、バッジです。おつかれさまでした」

 サイズは二立方センチ、重さは七グラム。決して小さくはない魔法石を測り、ヒトハはバルガスバッジを生徒に手渡した。
 今日は坑道で魔法石を採掘する生徒たちが課題を達成したかどうかを確認する係だ。持ち込まれる魔法石を測ってバッジを渡し、ときに突き返し、遠くから妖精たちの襲撃を見守る。そんな単純な作業を延々と繰り返していては眠くなっても仕方がない。
 欠伸を片手で隠して、眠さに緩く目を瞬く。坑道の中は薄暗く、ひんやりとしている。それがどうにも心地よく眠気を誘うのだ。
 この魔法石の採掘もほとんどの部活が終えてしまっているから、終わったら少し休憩をもらおう。そう思いながら残りの生徒たちに視線を巡らせていると、陸上部のジャックとデュースが目に入った。どうやら苦戦しているようで、居合わせたオンボロ寮の監督生とグリムを仲間に入れて相談事をしている。
 監督生もグリムも写真撮影の仕事があるとはいえ、彼らと同じ生徒であることに変わりはない。友達同士で協力することもきっと必要なのだろう。
 だからヒトハは彼らが揃って坑道の奥へ進もうとするのを見ても、忠告程度で収めたのだった。

「入り組んでるので奥に行き過ぎてはいけませんよ」

 はーい、と元気の良い返事が坑道内で反響する。それを聞きながら、ヒトハは生徒が持って来た魔法石を受け取って残りの仕事に戻った。


   ***


「あの子たちどこまで行ったんだろ」

 それは目に見えている範囲で最後の部活がバッジを持って坑道から出て行ったときのことだった。監督生たちが奥へ向かってからそれほど時間は経ってはいないが、やはり気になる。
 ドワーフ鉱山の坑道はそれなりに入り組んでいて細道も多い。メインの道を行けば迷うことはないだろうが、慣れない場所では間違えることもあるだろう。

(一応声を掛けておこうかな)

 ヒトハは魔法道具のランタンを手にして、古びたレールの枕木を踏みしめながら坑道の奥へと向かった。
 ドワーフ鉱山は不思議な場所だ。宝石が採掘できるばかりか、それが魔法石になるほどパワーに満ちている。微量な魔力を全身に感じるのは、ここが閉山されてもなお多くの魔法石を秘めている場所だからだ。
 魔法士であるならば、本来はこの場所に神秘を感じるものなのだろう。しかしヒトハにとって、独りで薄暗い坑道を行くのはどこか不気味で、あまり気の進むことではなかった。

「――あ、ヒトハさん」

 地表に覗く宝石が次第に多くなってきた頃、ヒトハはジャックとデュース、そして監督生とグリムが魔法石を囲んで顔を突き合わせている現場に到達した。

「魔法石は見つかりましたか?」
「はい!」

 デュースが元気よく差し出した魔法石は確かに十分な大きさと重さがある。ヒトハは魔法石を測ると彼らに返し、バッジを渡そうと上着のポケットを漁った。

「……あれ? バッジ、切らしちゃってますね」

 背負ってきたリュックを肩から下ろしてみたが、この中にも入っていそうにない。部活動の数を数え間違えただろうか。

「ここを出たらゴーストがいるはずなので、彼に貰いましょうか」

 と口にしている最中、石が転がるような物音がしてヒトハは素早く音のした方へランタンを向けた。その方向は歩いて来た方とは全く逆の坑道の奥。先が見えない暗闇だ。

「ヒトハさん?」

 ジャックが訝しげに言う。それを片耳で聞きながら、ヒトハは奥に向けた顔をそのままに「先に戻っていてください」と答えた。
 彼らがここに来てからそこまで時間は経っておらず、それより先に生徒が奥へ向かっていないとも限らない。バルガスキャンプは過酷なキャンプではあるが、万が一にも事故が起きてはならないのだ。そうならないために、自分がいる。

「一応残りの生徒がいないか、ちょっとだけ先を見て帰ります」
「でもここにはバケモノがいるんだゾ。オマエ、弱っちいじゃねーか」
「バケモノ?」

 それは彼らがナイトレイブンカレッジに入学してすぐのこと。早々に貴重なシャンデリアを破壊したエース、デュース、そしてグリムはその素材になる魔法石を採掘しに、このドワーフ鉱山へやって来た。そこで頭から黒いどろどろを滴らせ、ランタンとツルハシを持って襲い掛かってくるバケモノに出会ったのだという。
 にわかには信じ難い話だ。そんな生き物は聞いたことがない。

「結局いなかったじゃねぇか」

 と呆れながら言い出したのはジャックで、他の二人と一匹は「いた」のだと断固主張する。半ば口論気味になってきたところで、ヒトハは「まぁまぁ」と宥めた。

「すぐに戻るから大丈夫ですよ。それに私、逃げ足は速いほうですし」
「クルーウェルのヤツにすぐ捕まるくせによく言うんだゾ」
「う……」

 素早く言い返されて言葉に詰まる。確かに、あのクルーウェルから逃げ切れたことはない。よく見ているな、と苦々しくグリムを見下ろしていると、監督生が申し訳なさそうにグリムの両脇を持って引っ込めた。

「忠告ありがとうございます。でも時間が迫ってるので、本当に先に戻ったほうがいいですよ」

 トントン、と腕時計を指で叩く。今から戻ってギリギリといったところか。ゴーストを探してバッジを受け取って、となるとあまり余裕がない。それが決め手になったのか、彼らはヒトハのことを心配しながらも戻ることを選択したのだった。くれぐれも気をつけるように、と言葉を残して。
 そんな生徒たちの後ろ姿を見送り、ヒトハはランタンを持ち直した。魔法道具のランタンは微量の魔力で明かりを灯せば通常の何倍も長く、そして明るく辺りを照らし続ける。
 狭い坑道であれば彼らの言う“バケモノ”をいち早く見つけることもできるだろう。逆に言えば、相手からも早く見つけられてしまうわけだが。

(ま、大丈夫でしょう)

 このときはまだ、どこか楽観視していた。正体不明のバケモノよりも、目の前に広がる暗闇の方がずっと不気味で恐ろしく思えたからだ。


 宣言した通り、元々長居をするつもりはなかった。元来の生真面目さと心配性な性分が「念のため」と行動させたにすぎない。
 ヒトハは「誰も残っていませんか」と声を張りながら歩き回り、人の気配を一切感じないことを悟ると、すぐに坑道の出口へ戻ろうとした。しかし不自然な光を遠くに見つけて、はたと足を止める。

「……妖精?」

 薄暗い坑道内でぼんやりと光る姿は、このドワーフ鉱山で幾度となく見てきた火の妖精だ。一抱えほどの小さな体で生徒たちの課題を邪魔しては追い返されていたが、目の前の妖精はぐったりと道に横たわっている。
 生徒たちに追い返されたときにどこか打ったのだろうか。彼らだって好きで邪魔しにきているわけではないのだ。そう考えるとどうにも不憫に思えて、ヒトハはランタンを脇に置いて妖精のそばに膝を突いた。

「回復魔法、使っておいたほうがいいかな」

 あまり大げさなことはできないが、気休めくらいにはなるだろう。
 ヒトハは暗がりの中で杖を抜いた。これといって魔法を使う機会もなかったから、軽い回復魔法くらいなら今の自分にもできる。妖精の背を慎重に持ち上げて呪文と共に杖を振ろうとしたとき、静かなはずの坑道に重い砂袋を引きずったような音が響いた。

 ザッ、ザザ……

 その不気味な音は坑道内で反響しながら、少しずつ、少しずつ近づいてくる。しかし息を止めて聴き入っても、それがどこからなのかが分からない。
 ヒトハは固まっていた指先を慎重に動かし、杖を仕舞い込むと、ランタンに手を伸ばした。妖精は相変わらず意識が戻らず、静かに片手に抱える。じっとりとした冷たい汗が手のひらに滲んだ。

(何かいる)

 間違いなく何かいる。だがそれは、ゴーストでも人でも、動物でもない。

「オデノ……イシ……」

 その声を聴いた瞬間、ヒトハは反射的にランタンを背後に向けた。
 眩い光がむき出しの地層を歪に照らす。突き出した宝石から溢れ出る幻想的な輝きの中で、“バケモノ”は頭とも言い難い頭部から黒い何かを滴らせ、そこにいた。うわ言のように「イシ……」と唸り続ける姿には到底理性など感じられない。

「――っ!」

 遅れて襲い掛かってきた恐怖と危機感がかろうじて両足を突き動かし、ヒトハは妖精を抱えたまま後ろに飛びのいた。一歩先に巨大なツルハシの先が突き刺さり、えげつのない音と共に地面を抉る。ボタボタと重い音が聞こえるのは黒い液体だろうか。興奮しきった頭では、現状を上手く処理出来そうにもなかった。

(無理!)

 勝てるはずがない。ほとんど直感で理解して、ヒトハは弾かれたように坑道を駆けた。
 しかし出口とは全くの反対方向で、このまま走っても脱出できるとは限らない。ただここへ来る前に見せてもらった坑道内の地図には、他にも小さな出口があったはずだ。それだけが頭にパッと浮かんで、そこに全てを賭けようと決めた。
 とにかく前へ、と必死で足を動かしている最中、足元近くで炎が弾けた。

「魔法!?」

 そのバケモノは動きこそ俊敏ではないが、見上げるほどの大きさで動作が大きい。ヒトハの歩幅で走ってもついて来れるのだ。そして何よりこの強力な魔法力である。走ることだけに集中できない。
 防衛魔法が得意であれば、まだ勝算はあった。しかしヒトハが得意とするのは小手先の器用な魔法というだけで、正面からぶつかっていけるものではない。
 ヒトハはバケモノの強力な魔法を間一髪で避けながら慎重に道を選んだ。記憶では、この先の分かれ道を右。外に出ることさえできれば、この閉鎖された空間よりずっと楽になる。
 その記憶に従って分かれ道に差し掛かったとき、ヒトハは迷わず右の道へ飛び込んだ。

(――――しまった、左!)

 ない。出口がない。それどころか正面に壁が立ち塞がっている。
 背後から迫るバケモノに振り返るとすでに道は塞がれていて、このまま横を駆け抜けるのはあまりに危険だ。

「ど、どうしよう……」

 片腕に抱きしめた妖精が身じろぎをした瞬間、停滞し始めた思考が再び動き出した。今は一人ではない。一度守ると決めたら、最後まで守り通すのが道理というものだ。

(ランタンは捨てる!)

 ヒトハはありったけの魔力を込めてランタンを振りかぶった。照度を極端に上げた魔法道具のランタンは辺りの影を一掃するかのような強い光を発する。そして通常のランタンより遥かに丈夫で、一度魔力を込めれば長く辺りを照らし続ける。
 ヒトハはそれを思いっきりバケモノの頭部に投げつけた。視覚というものがあるかは分からなかったが、もしあるとするなら目くらましくらいにはなるはずだ。
 まさしく全てが賭けだった。しかし賭けなければ、勝ち筋が見えることは絶対にない。
 一瞬動きが止まった隙を突き、バケモノの脇のあたりにできた抜け道に滑り込む。ほんの数十センチ先に異様な気配を感じながら、しかしそれが去ったとき、完全に位置が入れ替わったのを確信して今度こそヒトハは出口への道を駆けた。

「――は?」

 それは空いた手で杖を抜き、小さな明かりでついに出口を見つけたときのこと。ぽっかりと空いた白い穴に飛び込んだ瞬間、ヒトハの片足は宙を掻いた。

「わ――っ!!!!」

 まさかその出口の先が急こう配になっているとは思わなかったのだ。
 咄嗟に風魔法で体勢を立て直そうと思っても時すでに遅し。幸いだったのは人の通らない草木が茂る場所だったことだろうか。ごろごろと転がりながら、気が付けばヒトハは森の中に転がっていた。

「いっ、いたい……」

 衝撃で体中が痛んだが、それよりも息が上がってしまって呼吸をするのが辛い。
 地面に手を突いて今更噴き出してきた汗と荒い呼吸を鎮めていると、ふと片手に抱えていたものがなくなっていることに気が付いた。

「よ、妖精さん……」

 ここまで一緒に駆け抜けた火の妖精は、ヒトハの近くで目を回していた。


 妖精は何か文句を言いながらも攻撃してくるつもりはないのか、疲労でへばっているヒトハの近くに居座り続けた。
 小さな妖精たちは鈴のような声で喋る。妖精族ならまだしも、普通の人間ではその言葉を理解することはできず、彼が何を言おうとしているのかは分からない。ただなんとなく、心配をしてくれているのだろうな、ということは理解できた。

「はぁ、早く戻ってバケモノのこと、伝えないと」

 ふらつきながら立ち上がろうとするものの、昨日からの筋肉痛と眠気と疲労が押し寄せてきて体に力が入らない。
 ならば救助を呼ぼうとスマホを取り出したが、無情にもアンテナのアイコンは真っ黒だった。

「け、圏外……」

 ということは、自分がどこにいるのかもよく分からないということになる。見せてもらった坑道内の地図はあくまで鉱山の中だけのもので、その周りのことは詳しくは載っていなかった。

「妖精さん、キャンプまでの道って分かります?」

 ダメで元々、と妖精に問いかけてみたが、当然会話が成立しないので無意味だ。妖精はなんとか聞き取ろうとはしたのか、しきりに首を傾げている。
 これでは八方塞がりだ。さすがにもう、活路を見出せそうにはなかった。

「やっぱり先生が言うみたいに、自分を犠牲にすることばっかりしてちゃダメなのかな」

 あのとき妖精を見捨てるという手は確かにあった。
 そうすればずっと身軽で、なにより片手に杖が持てる。全力で挑めば多少怪我をしたとしても、もっと早く切り抜けることだってできたし、本来の出口へ向かうことだってできただろう。
 でも、できなかったのだ。どうにかできるかもしれないのに、どうにもせずに逃げる自分を他の誰でもない自分が許せない。

「やらないで後悔するより、やって後悔したい。……自己満足なの、分かってるけど」

 それだけはどうにも曲げられる気がしなかった。言えばまた「頑固だ」と呆れられるのだろう。でもきっと、これは伝えないといけないことなのだ。自分が大事にしたいこと、そして思っていることを知って、尊重して欲しい。考えなしにぶつかりに行くだけの駄犬と思われたままではいたくない。そしてその先に、お互いに納得ができる答えを見つけたいのだ。
 やっと「話を聞いて欲しい」という苛立ちの本当の正体を知ったような気がして、ヒトハは無性にクルーウェルに会いたくなった。あの柔らかなコートの袖を引っ張ったら、振り向いてくれるだろうか。
 しかし肝心のキャンプ場へ戻る方法が分からない。日が暮れればさすがに探してくれるだろうが、夜の森にいることの厄介さは一度身に沁みている。

「あ」

 ヒトハは思い立ってリュックを背から下ろした。先ほどの衝撃のせいでぐちゃぐちゃになった中から掴み出したのは紫の液体が入った小瓶。初日にバルガスから受け取った魔法薬だ。
 クルーウェルが『どうにもならなくなったら使え』と言っていた代物だが、その効果は全く分からない。けれど今はどうにもならない状況で、なによりヒトハはクルーウェルのことを信頼している。効果の詳細を伝えなかったことは引っ掛かるが、それも何か考えがあるに違いない。
 ヒトハは迷わず栓を抜いた。興味深げにそばで見ていた妖精がスン、と匂って少し嫌そうな顔をする。ほのかに甘みのある匂いだが、たしかに少し癖がある。魔法薬特有の“嫌な臭い”というやつだ。
 それを一気に飲み干して、ヒトハはそのえぐみのある異常な甘さに咳き込み、叫んだ。

「うぇっ!! 甘いっ!!!!」

 キーン、と耳鳴りが残る。いつも通りの声を出したはずだったが、その声はやけに大きく聞こえた。もしかして耳がよくなる魔法薬だったりするのだろうか。
 そう思って隣を見たら妖精が耳を抑えてひっくり返っていた。まさか、と喉に手をやって思わずまた叫んでしまう。

「声!!!! でっかい!!!!!!!!」

 拡声器を通したかのような大声だ。人体から出せるボリュームの限界――セベクを凌ぐ声の大きさである。これでは自分の耳がおかしくなってしまう。

「えっ、うるさっ!!!! なにこれ!?!? は、恥ずかしい!!!!!!」

 もしこの場に誰かいたなら「黙れ」と言われても仕方がない。聞いているのは耳を塞いでいる妖精だけだと分かっていながら、恥ずかしさに顔が熱くなってしまう。どうしてこんな珍妙な魔法薬を渡そうと思ったのだろう。
 ヒトハはなんとも言い様のない情けなさにうっすら涙を浮かべながら、この魔法薬の使い道を考えた。そして考えて考えて、結局一つしか答えは出なかった。
 ――これは“誰かの助けを呼ぶための魔法薬”だ。

「バルガス先生――――!!!!!!」

 ヒトハは自身の耳を塞ぎ、ドワーフ鉱山の森をざわつかせるほどのありったけの声でバルガスの名前を呼んだ。
 枝の上で静かに休んでいた鳥たちが驚いて飛び立っていく。反動で木々が揺れ、木の葉が騒ぎ始めた。あまりの声量に耳がどうにかなりそうだったが、この声ならきっと遠くまで届くだろう。そうすれば誰かが異常に気が付いて、日暮れまでの間に探し出してくれるはずだ。
 それからしばらくして、もう一度、と口を開きかけたとき、近くの茂みを掻き分けるような音がした。

「ヒトハ!! こんなところで何をしてるんだ!?!? 声がでかいな!!!!!!」
「バルガス先生――!!!!!!」

 茂みを掻き分けてぬっと現れたバルガスは負けず劣らずの大声で叫ぶと、地面にへたり込んでいるヒトハに駆け寄った。
 魔法薬抜きでも驚きの声量を発揮した彼もさすがに煩いと思ったのか、逞しい眉を眉間にぐっと寄せている。しかしそれでも全身が彼はぼろぼろのヒトハに文句ひとつ言うことはなかった。
 バルガスは課題の締め切り後に用あってヒトハを探していたらしく、近いところまで来ていたのだという。位置が分かったのは紛れもなくこの魔法薬のおかげだ。
 体が自由に動かせないヒトハはバルガスに抱えられながら、肝心なことを思い出して慌てて叫んだ。

「バケモノがいたんです!! 生徒たちに寄り付かないように言わないと!!!!」
「……坑道の出口から落ちて気でも動転しているんじゃないのか?」
「ちがいます!!!!!!」

 分かった分かった、とバルガスは煩そうにしている。未だ魔法薬の効果が切れていない状態で叫ばれては堪ったものではないのだろう。そのことを思い出して、ヒトハは渋々口を噤んだ。とにかく、全員の課題が終わったのだというのだから、生徒はもう鉱山に用はないはずだ。その事実だけが救いだった。
 ヒトハはふと思い出して、バルガスの腕の中で身を捩った。妖精はどうなっただろうか。
 次第に遠ざかっていく場所に、その姿はもうない。あれだけの叫びをあげたのだから逃げて当然だろう。
 みんなの元にちゃんと帰れただろうか。小屋に戻るまでの間、そればかりがヒトハの頭の中をぐるぐるとしていた。
list