ネームレス・バディ
「IRIS」の詩さんにうちよそ作品を戴きましたので、許可を戴いて掲載しております。お相手ヴィルさんのリリスちゃんと清掃員さん(ヒトハ)とクルーウェル先生です。
素敵な作品をありがとうございました!
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その日のリリスは朝から落ち着きがなかった。マネージャーとしての仕事は的確にこなしているものの、あまりにも時計ばかりを見ているため、ヴィルから「今日の仕事を早く終えたらあとは自由にしていいわ」と言われたくらいだ。
そう言われた後のリリスは、速かった。いつもなら一時間ほどかけるコラムの校正を半分の時間で終えて、ヴィルからOKをもらった瞬間に「お疲れ様でした!」と言って、談話室を出ていった。そんなリリスを、ヴィルが咎めることはなかった。リリスが落ち着きがない理由を知っているからだ。
リリスがなぜこんなにも浮き立っているのかというと、今日は大切な約束をしている日だからだった。
男子校であるナイトレイブンカレッジに部屋を借りているリリスの交友関係は決して広くはないが、一部の生徒や学園関係者とはそれなりに話す間柄にある。もちろんのこと、そのほとんどがリリスにとって異性にあたる。しかし、今日リリスはその中でも数少ない同性、つまり女性の知り合いとティータイムを過ごす約束をしているのだ。
その女性はヒトハ・ナガツキ。ナイトレイブンカレッジの清掃員として働いている極東出身の女性だ。
ナイトレイブンカレッジに住んでいる数少ない女性という共通点の他に、ヒトハとリリスを結び付けているものがあった。それはヴィル・シェーンハイトという存在だった。
ヴィルのファンだというヒトハは、たびたび購買部でヴィルが載っている雑誌を購入している。あるとき、その場に居合わせたリリスがヒトハに声をかけ、撮影の様子やロケーションとなった土地のことを話して聞かせたのが切欠だった。
それからというもの、ヒトハは雑誌を持ってたびたびリリスのもとを訪れるようになり、それを見越したリリスはとびきりの紅茶と撮影のお土産のお菓子を用意して待つようになり、ふたりはティータイムを過ごすようになったのだ。
先日、外の掃き掃除をしていたヒトハが通りがかったリリスに「『フィエルテ』の今月号、見ましたよ!今度持ってきてもいいですか?」と声をかけ、約束したのが今日だ。
(今日は花弁が綺麗なローズティーだから、見た目でも楽しめるようにティーポットはガラス製のものを用意して、それから……)
リリスにとって友人と呼べる存在はそう多くない。それが同性となるとなおさらだ。
ヒトハはリリスにとって数少ない友人……少なくともリリスはそう思っている。ティータイムの用意に気合いが入るのも当然だった。
しかし、当初は二客用意していたカップアンドソーサーは一客増え、ポムフィオーレ寮のテラスでアフタヌーンティーを囲むのはリリスを含め三人になっていた。一人はもちろん、ヒトハだ。
そして、もう一人は――
「ごめんなさい、リリスさん。急に付いてくるっていうものですから……」
「ふふ。私は大丈夫よ。寧ろ賑やかになって嬉しいわ。クルーウェル先生には魔法薬についてお世話になることもありますし、そのお礼といってはなんですけど、ゆっくりされていってください」
――デイヴィス・クルーウェル。ナイトレイブンカレッジで主に錬金術や魔法薬学などの理系科目を担当する教師だった。
「シェーンハイトが載っている雑誌の話をしに来たのだろう?俺のことは気にするな」
クルーウェルはそう言うと、ガラス製のティーカップを傾けた。ロゼ色の茶液がこうも似合う男性もいないだろうとリリスは思いながら、「じゃあ、何しに来たんですか!?」と、彼の発言に振り回されるヒトハに声をかける。
「今月号のフィエルテは薔薇の王国で撮影したのよ」
「やっぱりそうですよね!薔薇園がすごく綺麗だって思っていたんです。あ、もちろんヴィル様のことも見てますよ?このページとか素敵ですよね!」
「ふふふ。このページのヴィルは澄ましてるけど、実は撮影のときに近くを蜂が飛んでいて、OKが出た瞬間に目の前を横切ったものだから、ヴィルは飛び上がってたのよ」
「えっ!?ヴィル様でもそんな反応するんですね〜!」
それから、リリスとヒトハが雑誌をめくりつつ話に花を咲かせる様子を、クルーウェルは本当に眺めているだけだった。ときおりヒトハが「先生、薔薇の王国出身でしょう?ここ知っていますか?」などと話を振るときに口を挟む以外、紅茶を傾けて二人の会話を見守っていた。
* * *
「私は合格でしたか?クルーウェル先生」
ヒトハが席を外したとき、リリスはクルーウェルに問いかけた。クルーウェルは微かに眉を持ち上げたかと思うと、また何でもないようにティーカップを持ち上げた。
「何のことだ?」
「あら。てっきり、ヒトハさんの友人として私が相応しいか見定めに来られたとばかり思っていました。ナイトレイブンカレッジは生徒に限らず、問題がある人間が多いようですから」
「そういう意味か。スピネットは俺のことを何だと思っているんだ」
「ヒトハさんの保護者、お目付け役……いえ、先生の言葉を借りるなら飼い主……?」
「……まあ、あながち間違いではないな。しかし、見定めに来たという表現は不正解だ。あいつが選んだ友人なら間違いはないだろうからな」
あいつ。そう言ってクルーウェルが思い浮かべたのは、もちろんヒトハの姿なのだろう。その一瞬。薔薇が香るロゼ色の水色に落とされていた視線に、教師としてのそれとは違う柔らかさが滲んだ気がした。
リリスは盛大に首を傾げてみせた。
「失礼しました。保護者とか飼い主とか……訂正しますね。クルーウェル先生がヒトハさんの面倒を見ていらっしゃることは知っていましたが、まさかお二人が恋仲だとは」
「違う」
「え?」
「付き合っていない」
「え??」
だとしたら、今の視線はいったい何なのだ。誰かを思い浮かべてあんな表情をするというのに、それが好意を寄せる相手でなければ何だというのだ。
――先ほどは、クルーウェルがヒトハのことを振り回しているものとばかり思ったが、もしかしたら逆なのかもしれない。
名門魔法学校の一流教師が年下の清掃員に振り回されていると思うと、微笑ましいものだ。リリスがクスクスと喉の奥で笑ったそのとき、ヒトハがひょっこりと帰ってきた。
「お待たせしました〜!」
「遅かったな」
「途中でポムフィオーレの子に会って話し込んじゃって」
クルーウェルは「お前は何かと顔が広いな」と笑いながら、蜂蜜が入った瓶を手に取った。「彼は案外甘い紅茶が好きなのだろうか?」とリリスが思いながらヒトハのティーカップに新しく紅茶を注ぎ入れると、クルーウェルは一匙掬い取った蜂蜜を自分ではなくヒトハの紅茶に入れた。
「あ、先生ありがとうございます」
「お前はこっちのほうが好きだろう」
「そうなんですね。覚えておきますね、ヒトハさん」
「ありがとうございます。それにしても、先生。まさかそれをリリスさんに伝えるために、ここに来たんじゃないですよね?」
「まさか」
クルーウェルはまたしても涼しい顔で、ティーカップに口を付けた。
「自分の犬が他所の飼い主に懐くのは面白くないが、他所の飼い犬と戯れているのを眺めるのはいいものだからな」
リリスがクルーウェルの言葉の意味をわかりかねて首を傾げていると、ヒトハが慌てて「犬なんてリリスさんに失礼なことを言わないでくださいよ!」と抗議する。それをクルーウェルが宥めている様子が、本当に飼い主と愛犬のように見えてリリスは小さく笑った。
確かに、今の二人は恋愛関係にないかもしれない。しかし、恋愛にも似た、しかし全く別の形をした絆がクルーウェルとヒトハの間にはある。それはリリスが初めて目にする関係性で、彼女はその関係の名前を知らない。いや、名前なんてないのかもしれない。もし名前をつけるとしたら、きっとそれができるのは、クルーウェルとヒトハだけなのだろう。
(2021.10.25)
2022/02/27