助手席
 タタン、タタンと車を叩く雨音がする。
 カクンと頭が落ちたような感覚がして、ヒトハは慌てて首を起こした。一瞬抜け落ちた記憶を補うようにサイドガラスに目をやる。この車はまだ渋滞の最中らしい。ガラスは雨水と結露で白くぼやけ、その先の街灯の明るさを水に落とした絵の具のようにじわりと映し出していた。
 雨の湿気った匂いを鼻の奥で感じながら、また視界が揺れてきたような気がする。皮張りのシートは背に馴染んで心地よく、膝上に借りたジャケットは温かい。そしてタタン、タタンと規則正しい音を聞いていると、つい意識を手放しそうになるのだ。これでは日中散々車を運転してくれた彼に申し訳ない。
 ヒトハはふわふわした頭のまま隣の運転席を盗み見た。

「寝てろ」

 クルーウェルは細いハンドルに片手を添えたまま短く言った。一瞬視線を寄越して、渋滞の車に戻す。
 もうずっと前からうとうとしていたのに気が付いていたらしい。正面を見据える横顔に、うっすらと笑みが浮かんでいる。

「でも」
「着いたら起こしてやる」

 まだ少しかかるぞ、とまで言われて、ヒトハは開きかけた口を閉じた。諦めて膝上のジャケットを胸元に手繰り寄せる。
 自分の体よりずっと大きなジャケットは胸元から膝上まですっぽりと覆ってしまう。もぞもぞと姿勢を整え、ヒトハはジャケットに染み込む燻んだ香りを感じながら、再びシートに体を沈めた。

(ねむい……)

 タタン、タタンと心地よい音がする。
 夜の雨降る街中で、再びゆっくりと瞼を落とした。
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